そうか。本気だからなんだ。

 私がこんなにもソワソワして不安になるのは社長との
身分差や実は叔父という血縁関係よりも、
 生まれてはじめての本気の恋愛になったことへの不安。

 憧れで恋に恋してるものでも体の一過性のものでもない恋。

相手からはっきりと言われて初めて身にしみて実感してるなんて
 本当にお子様というか、私はまだ未熟だ。

「……」
「威勢よく切り出した割に返事が聞こえないな」
「……あの」
「どうするかは自分で決めるんだ。私の一存では決められない。
無理矢理付き合ってもらうほど暇じゃないからね」
「……はい」

 彼含め他の人は恋なんて何度も体験していてその都度問題を乗り越え
ているんだろうし。それ以前に考えなきゃいけない事があるでしょと
諭されるんだろうけど。
 私は今目の前の事で精一杯。仕事や実家の事、新しい人間関係。

 依然として彼の手は握ったままでじっと固まってしまった私の体。

もう読まないと言っていたけど痺れを切らして心の中を読まれている
 のかも知れないけど、それでも構わない。
 
「返事が出来ないなら出来るまで距離を取る事も出来る。
ただ、頼むから申し訳ないとか悪いからと嘘で付き合わないでくれ。
君にだけは偽られたくないんだ。だったらまだ去られる方がいい」

 私はゆく先の不安も恐怖も、欲望もコントロール出来ない。
 このドロドロしたものは言葉より見てもらうほうが楽。

 無言の時間が少しだけ流れて。

「そんな圧迫面接みたいに言われたら何も話せなくなります」
「聞きたいのは自己PRではなくイエスかノー。実に簡単だ。
こんな話を優しい口調で言えるほど穏やかな性格じゃないんだよ」
「確かに穏やかではないけど優しいです。……大好き。絶対離れない」
「……」
「不安なんか吹っ飛びました!っていうと嘘丸出しになるから
言えませんけど。これだけは言える。
私は、創真さんと行けるところまで突っ切ってやります!押忍!」
「散々焦らしてそんな返事が来るのが君らしい。……押忍?」

 やや引っかかりながらも私の手に優しくキスを落とす。

「でも創真さんも嘘はつかないでね。私よりいい人出来たら」
「すぐに報告する」
「うぅ。早そうだな……」

 そして戸惑いも無くクールに私の元を去りそう。

「冗談だよ。はあ……。全く。私は咲子に尽くしてるのに。
君は本当につれない子だよ」

 私のイメージとは裏腹に本人はおどけた苦笑のようなものを見せて。
 珍しく脱力している。そんな変な事を言ったかな?

「そ。そんな事ないです私だって創真さんに尽くしてるからっ」
「じゃあ風呂入ってくれるんだよね?」
「いいえ入りませんが?」
「……」
「創真さんがお風呂入ってる間応援してる」

 流石に怒るかな?と思ったら後ろの席がガタンと大きな音を
たてて思わず振り返る。来た時は私達だけだったから、
 真面目な話の途中で誰か入ってきていても気づかなかった。

 もし知り合いだったら不味い。

「あ。ごめん」

 居たのはさっき別れたはずの慧人君。

「だからそっちじゃバレるって」
「うわあっ」

 全く気づかない違う方向からにゅっと顔を出す悠人君。

「彼らに監視されていたから。私も少々気が荒くなったんだ」
「気づいてたなら」
「そんな事よりも君の回答の方が大事だろ」
「……創真さんんんん」

 もう嫌だこのエスパー一族。

「嫌でもしょうがないよ。君が叔父さんと別れないなら。
一生僕たちもついてくるから。覚悟しておいて」
「っても俺たちそんな面倒かけないから。気にしないでいいよ」

 バレてはしょうがないとばかりに近づいてきた2人が私の顔を見て
ニコニコと言う。これは脅しの類いじゃないのは分かるし、
 彼らがもう恐ろしいことをしないと私も信じている。けど。

「創真さん私こんな大きな子ども無理です」
「馬鹿な事を言うんじゃない。君たちもそんな言い方しなくても」
「俺たち暫く日本に居る事にしたんだよね」
「うん。ママも了解してくれたし。だからよろしく叔父さん」
「叔父さんに色々頼ると思うけど。気にするなよ?丘崎さん」

 え。うそ。そういう展開?

 思わず兄弟と叔父さんを交互に見る。

「……嘘だろ」

 聞いてなかったみたいで目を丸くして心からビックリしている顔。
珍しいものを見れたなと思う反面、私の平和にやや陰りが見えるような。
 彼らの言葉を信じないと。……ああ、新しい不安が増えてしまった。

「引っ越し早めに考えないと駄目ですね」
「幾つか候補があって君と内見に行こうと思ってるんだ」
「わぁい。あの、私ロフト付きとか憧れるんですけど」
「相応に家賃も上がるけど良いかな」
「良くないです。壁と屋根さえあったら何でもいいです」

 彼らと別れても見てる気がして何度か振り返って確認して外へ出る。
車のある場所まで歩いている間の風が心地いい。

「知り合いだから都合がつく。仕事終わりにでも見に行こうか」
「はい」
「それで。だよ。帰ったら久しぶりに私の部屋に来ないか」
「また真っ暗?」
「むしろ明るい所がいい。君が何を隠してるか見たい」
「身体検査?なにもないですよ?知ってる癖に」
「おかしいじゃないか。頼めば乗ってくれるし後ろからでも許して
くれるのにどうして風呂だけ駄目なんだ」
「だって嫌なんだもん」
「い、嫌って……。ああ、もう。……もういい」
「お部屋入っちゃ駄目ですか」
「良いさ。今夜は君の嫌がるラインを追求しよう」
「……しつこいのは嫌」
「何か?」
「早く帰りましょ」

 いつかは精神的にも成熟して関係が変わったりするのかな。
なんて、覚悟はまだブレブレだけど行けるところまで2人で行く。
 創真さんがなによりも愛しいという気持ちに嘘はないから。



「んん。……もう朝?」

 ずっと鳴り響くベル音のようなものと私を抱きしめていた手が
もぞもぞと動くので目がさめる。
彼のベッドでさっき眠りについたと思ったけどもう朝?にしては
 世界はまだ少し薄暗い世界。

「あの馬鹿刑事何時だと思ってる」
「九條さんは警部らしいですよ」
「一般人からしたら階級はどうでもいい」
「何か緊急の話しじゃ」
「一般人はまだ寝ている時間だ。起こして悪かった寝よう」

 スマホの電源を切ると再び布団に潜り込み私を抱きしめる。

「分かった事件だ。それで創真さ」
「寝るんだ」
「……絶対そう」
「咲子」
「はぃ」