例えそれが紛れもない事実であったとしても。
 自虐するのと人から笑われるのは違う。

「ぜっ……ぜっっっっったい…入るもんか…っ」

 食事を終えるとさっさと自分の部屋に入って固く誓う。
悔しいけど全てにおいて社長に勝るものは持っていないから、
 反論もできないし怒ったら余計に虚しくなるだけと学んだ。

 それに明日を乗り切れば友達との楽しい時間が待ってる。
同じ時間を過ごしてきた同じ歳の気の合う仲間。容姿だって3人平均的。
 っていうときっと紗季は怒るだろうな。アンタが言うなって。

「……私……どうなるんだろ」

 20歳を迎えた時はやっと大人になったって思ったけど。
それはただの通過点しかないと知ってからは頭が真っ白で、
 目の前の問題を解きながらずっと目標を探してるような感じ。

 何がゴールなんだろうっていうとやっぱり温かな家庭?
 でもそれって昇進するよりもずっとずっと難関だ。

 

「今朝は挨拶もしてくれなかったな咲子……、
何処か連れて行ってどうにか機嫌を取らないと」
「社長。今、よろしいでしょうか」
「はい。どうぞ」

 翌朝、社長室でPCに向かいながらあれこれ考えている所に秘書が顔を出す。
今日の予定は確認済みだから何か変更があったのかもしれない。
 彼女のなんとも言えない微妙な表情を見るに何かしらの問題が発生した?

 考えていると彼女の少し後ろにもう1人女性。

「お久しぶりです。すみません事前に連絡もしないで」
「響子さん」

 秘書は静かに下がり後ろに居た女性が直ぐ側まで歩いてくる。
長かった黒髪を肩口まで切って色も明るい茶色に。メイクも派手に。
 何よりあの頃とは別人のように元気そうで明るい笑顔を見せる。

「ここへ来るのは初めてじゃないからつい何時もの調子で来て。
けどすっかり変わってた。創真さんの部屋ですね、当然ですけど」
「スーツを着て社長の椅子に座れば誰もがそうですよ。どうぞ座って。
今お茶でも用意しますから」
「ありがとう」

 そう言って女性は応接セットのソファに座った。それを見計らい
 自身もその反対側に座る。

「日本へは何時?」
「昨日の夜に。その前に連絡しようかとも思ったんですけど。
今更私から連絡を取るのもご迷惑かと思って」

 こうして向かい合うのは何年ぶりだろう。あの頃の面影は残しつつ、
恐らくは自分の好きな仕事をして活発な生活をしているからか話す
 印象もだいぶ変わった。

 本来の彼女は明るく語学に堪能な知的美人。だった。

「迷惑じゃないですよ。大したおもてなしも出来ませんが」
「私はもう高御堂家の嫁ではないのでどうかお気遣いなく。
ただ、無一文で放り出される所だった私達親子に夫の遺産を
分けてくださった恩は一生忘れません」
「本来受け取るべきものですから。恩でもなんでもない」
「ほんと優しい。あの人にももう少しそんな所があれば」
「……」

 ここで静かにノックされて秘書がお茶を持って入ってくる。
 彼女はありがとうと静かに言うと軽くお辞儀をした。

「ここへ来たのは昔話をしたかったからじゃないんです。
家の子たちが貴方の所に行ってないかと思って」
「いいえ。来てませんよ。私の家も知らないと思いますが」
「それが私の手帳からこっそり貴方の情報を盗んだみたいで。
学校が休みに入って久しぶりに親子で墓参りでもと帰国して、
ホテルについたら手紙だけ残して居なくなっていて」
「警察へは報告しましたか?それとも行き先に心当たりでも」
「あの子たちの狙いは創真さんだと思います」
「私?……というと?」
「あの子たち貴方に父親になってほしいみたいで」
「父親?私が?」
「冷たい父親よりも優しくしてくれた貴方に心を開いているのは私も察して
たんですけど。まさかそんな事を考えているなんて」
「……」
「これが手紙です」

 そう言って彼女が渡してきたホテルのメモ紙をみる。

『ママ心配しないで。計画通り叔父さんを連れて帰る』

 確かにそれだけ走り書きのようにあった。

「滞在予定は何日?」
「一週間ほど」
「わかりました。どうやら無計画ではないようですし、
心配要らないと思いますよ。家に来たら連絡しますから」
「お願いします。私を煩わせる事なんて今まで一度も無かったのに」
「多感な年頃ですから」

 それから少し近況などを話してから彼女は去っていった。
番号は変わっていないということと宿泊先のホテル名を聞いて。
 子どもの残したメモは適当に言ってこちらで預かった。

 それから内線で秘書に連絡し。



「何でございますか社長」
「手伝いを頼もうと思ってるんだけど、機嫌が悪いね」
「こちらは自前のブス顔でございます」

 ちょっと人員を回してくれと言われて何故か新人の私が抜擢されて
いる時点で何か変だなって思った。言われた会議室へ行って、
 そこに他社員さんが居なくて社長が座っている所でやっぱりと気づく。

「君は探偵に憧れているんだろう?仕事が入ったよ。
今日1日で人探しをするんだ。一緒にやろう」
「え。人探し?探偵?……怪しいな」
「これが手がかりのメモ」
「叔父さんを連れて帰る?何ですかこれ」
「探すのは私の甥だ。頭脳明晰だから見つけるのは大変だよ」
「へえ甥か。……え?甥!?」
「血は繋がってないしもう高御堂家の人間でもないけど」
「やります。社長の甥っ子探し!」
「好奇心で溢れている顔だ。俄然やる気になった」
「はい」
「やっぱり咲子は笑顔が良いね」
「ふふふ。創真さん。……許してないから」
「人のことは言えないけど君も執念深い」