家は嫌な事リセット出来る最高の場所だったのにな。
 帰るのが辛いとかじゃないけれど。

「本気なのか冗談なのか……」

 何でお風呂に拘る?断ったから意地で?強引に風呂に引きずり込むなんて
流石に無いと思うけど。毎日誘われたらうっかり何かの拍子に頷きそうで。
 ちょっと重たくなった足を引きずるように帰路につく。


『咲子!元気ー?でないと困るんだけど』
「元気だけど。どうしたの紗季?」

 目の前にマンションが見えるくらいまで来た所でスマホが鳴るから
思わずビクっと体が震える。見ると週末を一緒に過ごす予定の友人から。
 家も近くて小さい頃から知ってるずっと遊んでいた仲よし。

 あの頃はお金が無くてもなんとかなるいい時代だった。

『確認の電話。部屋とかイベントを私が手配した訳だし。
せっかくならめっちゃ面白く終われるようにしたいからさ』
「企画したり段取りするの好きだったよね昔から」
『まあね。それにこっちはデザイナーの卵だけどそちら様は一流企業に
お勤めだから。お忙しいと思いましてねぇ。週末は大丈夫そう?』
「ははは。うん。大丈夫。見せたいくらい出来が悪い新人だけどね」
『見なくてもだいたい想像出来るわ、咲子はそそっかしいから』
「次郎君も元気?紗季は家が近いし飲みに行ってるんでしょう?」
『たまにね。大好きな咲子が高嶺の花になったって嘆いてるよ」
「本人が居ないからって適当な話ししないで」
『まあまあ。週末は垣根をぶっ壊して語り合う日なんだから。
仕事や恋愛マウントはナシだからね!特に恋愛は禁句!』
「お別れしたばかりですものね。分かってますとも」
『よろしい。それじゃまたー』
「うん」

 お酒を飲みながらあの頃の思い出話をするのが楽しみ。
借金とか家がボロいとか自分の部屋が無いとか嫌な思い出もあるけど、
 家族は仲良しで友達からも偏見を持たれずにとにかく楽しかった。

「楽しそうな声がしたから誰かと一緒なのかと思った」
「すみません電話してて。騒がしかったですね」

 マンション入り口でオートロックを解除しようとしたら先に人が居て。
ドアを開けてくれたので一緒にエレベーターに乗り込む。

「機嫌がいい所をみると週末に会う友人かな」
「はい。紹介しましょうか。紗季っていう子と次郎っていう」
「興味は一切ない」
「ですよね」

 お得意の笑顔でピシャっと心の扉を閉じられた。
私の友人になんてそんな興味なんて無いですよね。取引先の人間でも
なんでもないデザイナーと老舗居酒屋の3代目だから。
 話題を別のものに変えて話をしながら自分たちの部屋に到着。

 一旦それぞれの部屋に戻り着替え、台所で自分用の夕食を用意して
 リビングのテーブルに付く。ここまで特に会話なし。

 何か話題をふろうかなと思った所で目があう。

「何か?」
「そちらこそ」
「ああ、うん。ここ数日で君は色々知って世間の見方も変わったろ。
前から不安はあっただろうし更に何か思うことがあれば聞こうかと。
多少は人生の先輩でもあるから。ただ答えを期待されると困るけど」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど。色々の部分が私には多すぎて
まだ理解が追いついてないんです。
創真さんと九條さんが協力しあえそうにないのは分かりましたけど」

 貴方は全部見通せているから分かっているのでしょうけど。
私はあらゆる情報が虫食いで見せられてる状態。それも早口。
薄っすらとした恐怖心はあるものの、
 今はまだ社長に近づく美女の方がはっきりとした不安かも。

「私と居たら何れ分かる……かな」
「そうですね」
「それにあの男はしつこい。どうせ君と私のことも調べている。
或いは新しい部屋を見つけたほうが君のためになるのかも」
「新しい部屋…って。どうしたんですか急に?
まさかお風呂断ったからってそんなネチッコイ嫌がらせを?」

 或いはこの部屋の家賃で釣る気ですか?大人げない!!

「確かに君に大人げない事をしたりするけど、あまりに酷くないか」

 ショックだよとフォークを落として手で顔を隠してしまう。
 まさか泣いてる?どうしよう泣かせちゃった!?

「ご、ごめんなさい。今のは言いすぎましたっ」

 パニックになって席を立ち彼の肩を揺らしてみるが無反応。
どうしよう大人の男性を泣かしてしまったらどう仲直りする?誰に聞けば?
 後ろからぎゅっと抱きつくこちらも涙目。

「……」
「どうお詫びしたらいいですか?お風呂以外で」
「そうか。だったらいっそ……、いや、面白くないか」
「物騒な事言ってる」

 手を外した顔を見ると全く泣いてない。どうやらショックからは
立ち直ってくれたっぽいので。
 彼の頬に軽いキスをしてから私は席に戻る。

「今は良くても十分注意しておくんだよ。人間は嘘を付く生き物だから。
面倒には巻き込まれないように」
「貴方の能力って本当に凄いものなんだろうけど。
そうやってあらゆる人間を疑い続けなきゃいけなくて。
九條さんは嘘つけない人間になった」

 自首した女がどうなったのか。の後は聞いてない。

「無駄な力だ」
「私どうなるんでしょう。私のままでいられるのかな」
「咲子」
「どうせならイイ女になりたいなぁ。なんて」

 冗談です、というより先に鼻で笑われた。