少しの時間と限られた空間でどんなドラマがあったというのか。
私には想像すら出来ないのにそれを彼女は見ていたのだと思うと。
 悔しいけどグズっても意味なんかない。

 話は家に帰ってからゆっくり聞こう。
 
「天才社長の事件簿は無事解決ですね」
「事件というか……まあ、被害者が居る訳だからそうか」
「……」

 なんだろうこのあっけない脱力する空気。
 今朝からのドタバタと私の葛藤は何だったんだろうか。

「それで本題に入っても良いかな?」
「え?何ですか本題って」
「……」

 私の返事に一瞬ムスっとした顔をしたような気がしたけれど、
すぐに表情を戻し。寝ていた身を起こすと無言で私の腰を抱き寄せ。
 ぎゅうっと抱きしめて彼の胸に隠すように包み込む。

「え……え?なに?」
「私達の話をしようと思うんだけど。これなら聞いてくれるかと思って」
「あ……あの。こんな近いと緊張して話しどころじゃ」
「離したらまた別の話題になってしまうだろ」

 何時もの意地悪かな?と思って笑いながら離れようとしたけど、
キツい訳じゃないけど男の力でガッシリ抱きしめられたまま離れられない。
 それでも数秒ほどもがいてみたけどやっぱり無理で諦める。

 会社でこんなに触れられるのは嬉しい。んだけど。

 寝てはないけど、それでもベッドで抱き合ってるなんて。
ちょっと変な気分になりそう。
会社の医務室でカーテンの向こうに誰か来るかも知れないのに。
 さっき出ていったきり戻ってきた音はしなかったけど。

「私達の話ってなんですか」
「今朝の事。不動産に幾つかツテがあるし部屋代が気になるなら
所有するマンションを貸してもいい。それで君の悩みは解決…だね?」
「私」
「君は私が思っていたよりもだいぶ早く成長したみたいだ。
いつの間にか大人の女性としてしっかり会社にも足場を作っている。
だからやっていけると信じてるよ。不摂生はいけないけど」
「……」
「これでは駄目かな?そうか困ったな。はは……、
私は人を思い遣るという感情がよく分からないものだから。
大事にしているつもりで違っても気づけくて」
「待ってください今頑張って絞り出して言うから」
「え?」

 私は。私が言いたいのは、貴方に伝えたいことは。

「ずっと一緒にいる」
「……、絞り出してそれ?」
「か、可愛い感じで言ったでしょう?」

 うわー。もの凄い引いた顔で私を見ているー…。

 私だってもっとかっこいい事が言いたかったけど。
 どうしても彼を思う気持ちが溢れるだけでまとまらない。

「……」
「そんな怖い顔で見ないでください。えっと。あの。つまり。
何時だって1人で暮らせるくらいには大人になれたってことで。
そこは認めてください社長。何時までも学生気分じゃないって」
「いいよ」
「その上でこれからも一緒に居ますからどうか家賃をもう少し」
「何だって?」
「何でも無いです」

 そこは厳しいんですね。さすが社長さんです。

「話が綺麗に片付いて良かった」
「すみません。私が勝手に考えちゃうから」

 人と比べるなと言われても無理。きっとこれからも。

「君の成長を喜んではいるけど、内心不安だったんだ。
心まで去ったら。私の中の怪物がきっと君に悪さをするから」
「私が貴方の元を去りたいと思ってるか覗いてください」
「……」
「何時だって私は構いません。貴方に見られて恥ずかしい事なんて…
それはもう山のようにあるけどそこは気にしないでいいからっ」

 ああ、どうしてこう良い所でかっこよく締められないんだろう私。
 きっと呆れてるだろうな。笑われるかもしれない。

「わ」

 恥ずかしさに彼の胸に顔を埋めてじっとしていたら
突然私を抱きしめていた力が抜けて。体を引き離される。

「最初で最後の警告だ。私に無闇に侵入を許してはいけない」
「創真さん」

 真面目な顔で真っ直ぐに言われた。

「まだ君に伝えきれてない……事が、…あるんだ」
「分かりました。その時がきたら教えて下さいね」
「ありがとう」
「会社でずっとこんな近い距離に居ると緊張しますね。
も、もうそろそろ離れても良い?お昼の時間もあるしーっ」

 自然な感じで密着から脱出できるルートだと思ったのに。
今度はベッドに押し倒されて逃げようにも手で阻まれる事態に。
 これは不味い。どう見ても話し合いの格好じゃない。

「せっかくの機会なんだ。少しくらい」
「少しって言われても」
「嫌なら」
「だって。少し……って。しっかりじゃなきゃ嫌ですから」
「ここで?」
「だから困るんです。ほ、ほら。こ、……声が大きいそうですし」

 自分でも顔が真っ赤なのは分かっている。凄くあついから。
迫られて、でもでもダッテと視線を泳がせてもじもじしていると。
 上から笑い声がして見ると笑っている社長の顔。

「ごめん。面白くて。そろそろ止めておくよ」
「ひ…ひど……い」
「こういう事もあるから私には注意が必要なんだ」
「……」
「ほぅら咲子。そんな可愛い反応をする君も悪い……。少し、だけだからね」
「え?ま、待ってくださいそれ少しって言わ」

 私はその日、生まれてはじめて昼食抜きという経験をした。

もちろん許されないから社長権限で30分の休憩タイムを勝ち取り。
 ケータリングしてもらったお弁当を当然無料で頂いた。


 その後。

 もうすぐ定時を迎える部署でまた騒ぎが起こる。

 毒物事件の犯人が捕まり事件が解決したという警察からの
知らせがあった。という人伝の又聞きの話で。

 ちらっと視線を向けるがそこに戸橋さんの姿はなかった。