17
一年後。午前七時。
千尋は仕事を終えて、帰宅する。
広瀬ゆず葉はラブホテルに送った。ベッドに着くなり、ゆず葉はすぐ眠ってしまった。
前払い制の料金は既に払っている。
ゆず葉を預けた後、一度、お店に戻り、会議に参加した。今日は月に一回ある、職員会議の日だった。今後の営業計画や、日頃の業務の改善点について、話し合う。後半は、接客の研修があった。
くたくたになった千尋は、午前七時。ようやく帰路に着いた。
お店から自宅は歩いて十数分である。
新宿歌舞伎町。朝早くから人に溢れる。街頭に捨てられたプラスチックゴミ。清掃する職員。女子高生。スーツ。
五階建てマンションの四階。四〇九号室。千尋は、インターホンを押さず、ドアを開ける。
愛依子と千尋が同棲する部屋。
「はぁ~、ただいま~! めいちゃ~ん。今日も疲れた~」
「おかえり。千尋」
玄関を開けるとめいこがニコッと笑っている。右手で杖をついて、千尋を出迎える。
「わぁ~、めいちゃん玄関で待ってたの? 帰り遅いって連絡したのに~」
「ううん。寝てたよ。私、長時間立ってられないし……、でもね、なんか千尋が帰ってくる気がして、今来たの」
「予感?」
「うん、そう。なんか、ほら。私たちって運命の赤い糸で繋がってるから、……、なんてお花畑かしら?」
「ううん! めいちゃんと僕は運命の人だもん! ぎゅう……」
「う……、千尋痛い痛い……。もっと優しく……」
「めいちゃ~ん」
千尋は愛依子をぎゅっと抱きしめる。
愛依子は、呆れたように笑いながらも、安堵の表情をする。
あの日、愛依子と千尋は出血多量で意識を失った。
重なり合ってキスをする二人を発見したのは、三上琴音だった。
琴音は毎日。勤務前と勤務後に、二人のマンションへ様子を見に行っていた。いつ、自殺するかも分からない愛依子と、暴走を止められない千尋を心配して、である。
琴音は応急処置をし、すぐに救急車を呼んだ。
二人は一命を取り留めた。
愛依子は右足が不自由になった。靱帯がぐちゃぐちゃに切断されていた。靱帯移植と、壮絶なリハビリを行えば、杖がなくとも歩ける程度には回復する、と医師に言われたが、愛依子は固辞した。
二人の体には無数の傷跡。しかし、
「赤い糸みたいで素敵だね」と愛依子は笑う。「うん!」と千尋も無邪気に笑う。生々しい傷跡は、部分部分で紅く腫れ上がって二人を繋ぐ。
「じゃあ、ご飯にしよっか。ね? 千尋」
「うん、めいちゃん!」
愛依子は憑き物が落ちたように穏やかに笑う。呪いは、別の想いで書き換えた。長く伸びた髪を切り、あのころみたいなショートボブに戻した。
キッチンで食事をつくる。冷蔵庫の扉を開けようとする。少しかがむと足が痛む。
「ん、なにをとればいい~?」
「千尋……」
千尋がそっと愛依子を支え、扉を開ける。
「ん……、じゃあ卵とタマネギと……」
「りょーかい!」
些細な日常が、今はとても愛おしい。相変わらず、ゆず葉が千尋を追いかけていることは、知っている。だけど、もう気にしない。
「ね、千尋。今日広瀬さんと会った?」
「……え? なんで」
「やっぱり……、会ったんだ……」
「う……、め、めいちゃん。僕は別に」
「ううん。いいの。千尋が誰と会っても。それは千尋の自由だから」
「めいちゃん僕は……」
「でも、あんまり心配させないでね。私……、千尋がいないと寂しくて生きていけないからね」
「……うん!」
愛依子はそっと肩を抱いて、千尋に体を預ける。愛依子は変わった。ずっと素直になって、ずっと自由になった。
「千尋……、こっち向いて」
「……?」
「どこにも行かないように、おまじない」
「ん……」
そう言って、壊れた少女は少年にキスをした。
一年後。午前七時。
千尋は仕事を終えて、帰宅する。
広瀬ゆず葉はラブホテルに送った。ベッドに着くなり、ゆず葉はすぐ眠ってしまった。
前払い制の料金は既に払っている。
ゆず葉を預けた後、一度、お店に戻り、会議に参加した。今日は月に一回ある、職員会議の日だった。今後の営業計画や、日頃の業務の改善点について、話し合う。後半は、接客の研修があった。
くたくたになった千尋は、午前七時。ようやく帰路に着いた。
お店から自宅は歩いて十数分である。
新宿歌舞伎町。朝早くから人に溢れる。街頭に捨てられたプラスチックゴミ。清掃する職員。女子高生。スーツ。
五階建てマンションの四階。四〇九号室。千尋は、インターホンを押さず、ドアを開ける。
愛依子と千尋が同棲する部屋。
「はぁ~、ただいま~! めいちゃ~ん。今日も疲れた~」
「おかえり。千尋」
玄関を開けるとめいこがニコッと笑っている。右手で杖をついて、千尋を出迎える。
「わぁ~、めいちゃん玄関で待ってたの? 帰り遅いって連絡したのに~」
「ううん。寝てたよ。私、長時間立ってられないし……、でもね、なんか千尋が帰ってくる気がして、今来たの」
「予感?」
「うん、そう。なんか、ほら。私たちって運命の赤い糸で繋がってるから、……、なんてお花畑かしら?」
「ううん! めいちゃんと僕は運命の人だもん! ぎゅう……」
「う……、千尋痛い痛い……。もっと優しく……」
「めいちゃ~ん」
千尋は愛依子をぎゅっと抱きしめる。
愛依子は、呆れたように笑いながらも、安堵の表情をする。
あの日、愛依子と千尋は出血多量で意識を失った。
重なり合ってキスをする二人を発見したのは、三上琴音だった。
琴音は毎日。勤務前と勤務後に、二人のマンションへ様子を見に行っていた。いつ、自殺するかも分からない愛依子と、暴走を止められない千尋を心配して、である。
琴音は応急処置をし、すぐに救急車を呼んだ。
二人は一命を取り留めた。
愛依子は右足が不自由になった。靱帯がぐちゃぐちゃに切断されていた。靱帯移植と、壮絶なリハビリを行えば、杖がなくとも歩ける程度には回復する、と医師に言われたが、愛依子は固辞した。
二人の体には無数の傷跡。しかし、
「赤い糸みたいで素敵だね」と愛依子は笑う。「うん!」と千尋も無邪気に笑う。生々しい傷跡は、部分部分で紅く腫れ上がって二人を繋ぐ。
「じゃあ、ご飯にしよっか。ね? 千尋」
「うん、めいちゃん!」
愛依子は憑き物が落ちたように穏やかに笑う。呪いは、別の想いで書き換えた。長く伸びた髪を切り、あのころみたいなショートボブに戻した。
キッチンで食事をつくる。冷蔵庫の扉を開けようとする。少しかがむと足が痛む。
「ん、なにをとればいい~?」
「千尋……」
千尋がそっと愛依子を支え、扉を開ける。
「ん……、じゃあ卵とタマネギと……」
「りょーかい!」
些細な日常が、今はとても愛おしい。相変わらず、ゆず葉が千尋を追いかけていることは、知っている。だけど、もう気にしない。
「ね、千尋。今日広瀬さんと会った?」
「……え? なんで」
「やっぱり……、会ったんだ……」
「う……、め、めいちゃん。僕は別に」
「ううん。いいの。千尋が誰と会っても。それは千尋の自由だから」
「めいちゃん僕は……」
「でも、あんまり心配させないでね。私……、千尋がいないと寂しくて生きていけないからね」
「……うん!」
愛依子はそっと肩を抱いて、千尋に体を預ける。愛依子は変わった。ずっと素直になって、ずっと自由になった。
「千尋……、こっち向いて」
「……?」
「どこにも行かないように、おまじない」
「ん……」
そう言って、壊れた少女は少年にキスをした。

