「ほら、おいで」



眉を下げて、少し不満そうな顔。

それを必死にさとられないように、普通に振る舞おうとしていること。

今日一日ずっと、そんな立夏を見て見ぬ振りしていた。


…最低な幼なじみだ


立夏との約束も、立夏の母さんとの約束も、俺は何ひとつ守れなかった。

きっともう、立夏の母さんには信じてもらえないだろう。

もう二度と近づくなと言われてもおかしくない。

それだけのことをしたんだ、俺は。

だから、最後だけでも笑ってほしい。


これから先ずっとじゃなくていいから。


……今…立夏に笑っていてほしい


たとえ今日で、

立夏と会うのが最後になったとしても。


もう帰るんでしょって、そう言いたげな立夏に、俺は精一杯笑ってみせた。



「……いってらっしゃい」



いってらっしゃいと言ってしまえば、

そのまま立夏はどんどん遠くに行って、俺の手が届かなくなるまで、離れていってしまう。


昔からいつも、そんな気がしていた。


だからハチミツのように甘い声で、おいでって立夏をひきとめて…



「…行かないよ」



え……?



「織をおいていくわけないでしょ」