「ほら、おいで」



上から聞こえてきたような…?


不思議に思って、階段を見上げてみる。

音がしたとするなら、きっと2階だ。


もしかして、織がまだ起きてるのかな?


一応そっと忍び足で、階段に足をかけた。


まるでいけないことをしているようで、心臓がドキドキ速くなっていく。


最後の段をのぼりおえたとき、力強い風が私の黒髪を揺らした。



風が入り込んできた場所は、ベランダらしい。

ベランダの戸が半分くらい開いていて、夜風になびくカーテンの隙間から、少し頼りない背中が見える。


柔らかく踊る黒髪が、夜と混じって、まるでそのまま溶けてしまいそうだ。


なぜかその背中は、寂しさを含んでいるように感じた。



「――…織、」



だから思わず名前を呼んだ。

これが夢でないと確かめたかったから。


ゆっくりと、織はこちらを振り向いた。


丸く驚いた目尻から、透明な何かが静かに零れ落ちてゆく。



それはまるで雪のように。


闇夜に光を灯して、

そしてあっけなく地面に消えてしまった。



私はそれをただキレイだと見つめることしかできずに、立ちすくんだまま。


そんな私に、織は何事もなかったかのように小首を傾げた。



「……ん?」



私がもし名前を呼ばなければ、あなたはここでひとり、ずっと静かに泣いていたの?