幸い転ばなかった。

けれどなんだか変な感覚だ。


耳が、かたいなにかに触れている。

温かくて、温かくて、優しい体温。


手で感触をたしかめることはできなかった。

あまりに突然過ぎて言葉が見つからなかった。


しばらく、呼吸を忘れるくらい。



「入口の前でつったって、邪魔なんだよ」



少し遠くから、イライラした誰かの声が聞こえてくる。

そしてやっと気がついた。


ぶつかりそうだったわたしを、抱き寄せて助けてくれたんだ。…て。


なにか言わないと。

たとえば、「ありがとっ」って言ったり…!

えっと…え…っと…!!


どうしよう…ドキドキしすぎて…何も言えない



「……きれいだな」



え……?

頭上からおちてきた声は、儚くて、少し震えていた。

だんだんと、抱きしめられている手の力が弱くなっていく。


……いま、どんな顔してるの?


わたしの耳が織の胸から離れたとき、やっとそれを知ることができた。


切なそうに、痛みをかみしめるように、苦しそうに、

それでも織は、笑っていた。


すべてを受け入れるように、笑っていた。


織の視線の先には、18時に点灯したイルミネーションがひろがっている。



「……りつか、」



甘い声で名前を呼ばれて、そっと振り向いた。