ふむ、そうだったんですね。

先天的なものか、それとも病気で切断を余儀なくされたのか、事故でなくしたかのいずれかだと思っていましたが。

事故だったんですね。

それも、交通事故。

「両足共になくすということは、かなり悲惨な事故だったのだと推測します」

「まぁ…そうだね」

と、緋村さんは曖昧に頷きました。

このときの私は、彼がその事故でなくしたものは、己の両足だけではないという事実を知りませんでした。

「それ以来、車椅子ですか?」

「そうだよ」

「成程。後天的になくしたのでしたら、さぞ苦労されたことと思います」

と、私は言いました。

先天的な肉体の欠損と、後天的な肉体の欠損は、同じ欠損状態であっても、心理的には大きな差があります。

最初から持ってたものを、いきなり前触れもなく奪われるのは、非常に運命的な理不尽を感じるものと推測します。

それに対して。

元々、生まれたときから持っていないのならば、持っていないのが当たり前なのですから、理不尽感は少しはマシでしょう。

と、推測します。
 
その点緋村さんは、元々は自分の両足を持っていて。

その足で立ち、その足で歩き、その足で走り、自由に動き回れていたのに。

ある日いきなり、その足を理不尽に奪われ。

与えられたのは、この車椅子一台。

最近の車椅子は高性能だと聞いていますが、やはりそれでも、血の通った自分の足と比べると、利便性は劣るでしょう。

現に、エレベーターや車椅子用昇降機がなければ、校舎内を自由に行き来することも出来ていない状況ですから。

「うん…。苦労したよ。…色々と…」

と、緋村さんは言いました。

何処か、含みのあるような言い方です。

「私に心があれば、同情して慰めてあげられるのですが…。残念ながら私には心がないので、同情することも出来ません。申し訳ありません」

「え?いや、別に…」

「成程。心があったとしても、足なんていくら壊れたところで、いつでも付け替え可能なお前に、同情なんかされたくねぇよ、ということですね?」

「え?いや、そんなことは」

「二重に申し訳ありません。確かに私は、あなたの苦労の一端も理解出来ませんが、しかしあなたが苦労したのだ、そしてその苦労は現在進行中なのだという事実は、理解しました」

「…」

と、緋村さんは無言でポカンとしていました。

そして、

「…それって、同情してくれてるってことじゃない?」

と、しばしの間を置いて、緋村さんが言いました。

「そうなのですか?」

「うん…。ありがとう」

と、緋村さんはお礼を言いました。

なんということでしょう。お礼を言われてしまいました。

何だか、交友が深まった気分です。