アンドロイド・ニューワールド

片手で奏さんを背負い、もう片方の手で車椅子を担いで、全速力で駆け抜ける私に。

観客席からも、生徒テントからも、どよめきが聞こえましたが、それよりも。

「速い速い速い速い!ちょ、速いからもうちょっとゆっくり、」

と、言う奏さんの声の方が、よく聞こえました。

おんぶしてる状態ですから、耳元で騒がれてるのと同じです。

「喋ってると舌を噛みますよ。それより、バトンをちゃんと持っててください」

「…はい…」

と、奏さんは言いました。

ありがとうございます。

では、私は奏さんの分、100メートルを駆け抜けるだけです。

途中で、左右のレーンを走っていた生徒を、何人か追い抜きましたが。

彼らは皆、こちらを見てぎょっとした顔をしているか。

あるいは、こちらを見るなり驚愕に目を開き、転んだ生徒もいました。

小石にでも躓いたんでしょうか。

そのときの私は必死だったので、全く気づいていませんでした。

このグラウンドにいる、全ての人間が。

一人の女子生徒が、一人の男子生徒と車椅子を担いで、稲妻のごとき速さで、グラウンドを駆け抜けているという異様な光景を見て、ポカーンとしていたことに。

久露花局長も、あまりに驚いて、持っていたお気に入りのチョコレート菓子、「リアルフォート」を、ポロッとシートに落としていましたし。

何なら紺奈局長も、びっくりして固まっていました。

紺奈局長が無防備になったのを見て、すかさず碧衣さんが紺奈局長に抱きついて。

ここぞとばかりに、すりすりもふもふしていました。

この場で、特に動揺することなく、むしろ機敏に反応出来たのは、私と同じ『新世界アンドロイド』である、碧衣さんだけだったということですね。

さすがです。

当の私は、皆が驚愕していることにも気づかず、そのまま脱兎のごとく走り抜け。

100メートルをあっという間に完走し、再びテイクオーバーゾーンに辿り着きました。

走順からして、次は私の番です。

私は、テイクオーバーゾーンに辿り着くなり、車椅子を地面に下ろし。

ほぼ同時に奏さんも下ろして、車椅子に座り直させました。

「は、はぁ、はぁ。は、恥ずかし過ぎて死ぬかと、」

と、奏さんは真っ赤な顔で、何やら呟いていましたが。

それよりも、今は優先すべきことがあります。

「奏さん!バトンを」

と、私は素早く言いました。

バトンを渡してもらわなければ、私は走り出せません。

「あっ、はい!」

と、奏さんは言いながら、バトンをこちらに差し出そう…、

と、しかけたのを私はすかさず奪い取り、そのまま、今度はスタンディングスタートで走り出しました。