アンドロイド・ニューワールド

私は、奏さんの車椅子を押して、入場門から入場しました。

既にグラウンドには、白い線を引いてトラックが作られています。

当然ですが、自分のレーンから外れて走ったりなどすれば、失格となります。

成程、奏さんの車椅子の幅を考えると、あのレーンの幅は、かなり狭いですね。

おまけにトラックは直線だけではなく、カーブもある訳ですから。

自分のレーンから外れず進むだけでも、一苦労だったことでしょう。

これでは、周回遅れになるのも無理はありません。

しかし今日は、もう大丈夫です。

奏さんに、そのような公開処刑のような目には遭わせません。

「あれっ、またあの車椅子の男の子、出てるね」

「本当ですね。車椅子で走れるんでしょうか…?」

「多分、あの子だけ、他の子より距離が短いんじゃないかな?それなら車椅子でもリレーに出られるでしょ」

「成程。ハンデが認められてるんですね」

と、久露花局長と朝比奈副局長は言いました。

さすが、個人を決して蔑ろにしない、『Neo Sanctus Floralia』の局長と副局長です。

発想が、私と同じです。

しかしこの学園では、そのような考え方はありません。

例え奏さんが車椅子で不自由していようと、故障したエレベーターを直すことはありませんし。

当然、クラス対抗リレーにおいても、ハンデを与えてくれることはありません。

だったら、私達がどのように創意工夫しようが、それは私達の自由ですね。

ですから。

いよいよ走順が近づいてきたとき、私は奏さんと二人で、バトンを受け取るテイクオーバーゾーンに立ちました。

「あれ?瑠璃華ちゃんも一緒にいる?何で?」

「あ、もしかして、瑠璃華さんが押してあげるんじゃないですか?」

「成程、それなら自分で押すより速いよね」

と、局長と副局長は言いました。

惜しいですが、ちょっと違います。

「る、瑠璃華さん…」

と、いよいよテイクオーバーゾーンに入った奏さんは、緊張した声で言いました。

「はい、何ですか?」

「あ、あの。加減してね、加減。もう既にその、凄くはずかし、」

「大丈夫です奏さん。私も全力を尽くします。奏さんも一緒に頑張りましょう」

「…駄目だ。全然分かってない…」

と、奏さんは何やら呟いていましたが。

私の視線は、後ろからバトンを持って走ってくる、クラスメイトの女子生徒に注がれていました。

奏さんは、あの女子生徒からバトンを受け取ることになっています。

「さぁ、バトンが来ますよ」

「…はい…」

と、奏さんは言いました。

同時に、車椅子から身を乗り出すようにして、後ろに手を伸ばしました。

バトンを受け取る為です。

そして、私の役目は。

私は地面にしゃがんで、そのときを待ちました。

横に私がしゃがんでいることが不思議なのか、半ば首を傾げている女子生徒が、走り終えて奏さんにバトンを渡し。

奏さんが、バトンを受け取った瞬間。

そう、このときです。

私は、片手で奏さんを背中に背負い。

ついでにもう片方の手で、奏さんの車椅子を自分の肩に引っ掛け。

さながらクラウチングスタートのように、そのまま走り出しました。

時間にして、僅か一秒以内の出来事でした。