奈央の家を知ってて直接会いに行かなかったのは、単純に怖かったから。

奈央があの約束を覚えているとも限らないし、奈央に別の男がいたら……

そんなことを考え始めるとキリがなく、会いたい気持ちよりも不安が募ってしまった。

偶然を装って再会、なんてダサいけど、臆病な俺はこんな方法でしか奈央に会えない。


「平田さん、才色兼備で性格も良くて、みんな一目置いてるよ」

「……えっ、」

「そんな人と知り合いなんて、羨ましいよ」

さっき話しかけた田中という人が、不意にそんなことを言った。


晴れていた心に、一気に靄がかかった。

……奈央はもしかしたら、もう自分の手には届かないところにいってしまっているのかもしれない。

それ以上は考えたくなくて、カバンに入っていた読みかけのミステリー小説を取り出した。

これ以上、聞きたくない情報が入ってこないように、一人の世界をつくった。