「花崎〜」
「なんすか」
「お前ザルにも程があるだろ〜??」
「知りませんよ。まぁ、先輩よりは飲んでますけど」
「くそぉ…鉄の肝臓がほしいぜ…」
この人は塾の先輩
俺の2コ上
水瀬 太一(みなせ たいち)
昔はヤンキーだったらしい。今ではノリの軽い勉強出来るやつにしか見えない
「つーか、これ3軒目っすよね?俺帰っていいっすか」
「おや、花崎くん、帰るのかい?」
この人は塾長
赤坂 峻一郎(あかさか しゅんいちろう)
正直苦手というか、嫌いまである
「まぁ…結構飲んだんで」
「…そうだね。今日はこれでお開きにするか」
「花崎〜」
「げ、なんすか」
「気持ち悪ぃ〜」
「は、マジすか?ちょ、トイレでお願いしますよ」
「…む、むり…」
あー…グッバイ俺の服…

「それじゃあ、僕は水瀬くんを送って帰るよ。花崎くん」
肩に手を置かれ、思わず叩いてしまうところだった
「ありがとうございます。俺もこれで—」
「はは、毎回連れないなぁ。お酒も飲んでるし、彼女も居ないんだろう?」
これだから無理なんだこの人
気持ち悪い…
ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべている塾長をよそに、先輩が大丈夫かどうか気になった
それがわかっているかのように
「あぁ、水瀬くんには愛しの彼女さんが居るみたいだし、興味すら湧かないよ。そもそもタイプでないからね」
「…そっすか。俺も残念ですけど、そっちに全く興味ないんで。」
「ははは、してみないとわからないものだよ?まぁ、その時は手取り足取り僕が教えてあげるよ」
手をぎゅっと握られて耳元で囁かれる
鳥肌が立つほど拒絶反応がでる
言いたいことが言えたという顔をして、タクシーに乗り、去っていく
「…これもセクハラに入んねぇかな…」
そんな事を考えても無駄だ
時間もだし、体力も何もかも無駄になってしまう
無駄な事だけはしたくない
面倒だし
『せんせー、迎えきてね!』
…どこがバイト先なのかも聞いていないのに?
スマホのロックを解除して、色々と調べてみる
…誰の番号だ?
見知らぬ番号がいつの間にやら登録されていてアイツか?と顔が強ばるが、可能性がゼロに近い為1度だけ…と掛けてみる
『はーい!私だよ〜先生。後ろ』
顔だけ後ろに向けると、得意げな顔をした葛西がいた
ひらひらと手を振り、にまにま笑う様はいたずらっ子…格好を見てふまえれば、陽気な女性と言った所だろう
「いやぁ、長かったぁ〜。バイト終わって待っててもぜーんぜん迎えに来ないんだもん。逆に迎えに来ちゃった♪︎」
まるで「嬉しい?」と聞かれているようで、返答に困る
「…そうか、帰るぞ」
「えー?たったそれだけ〜?待った?とか、変な人に絡まれなかったか?とか!ないの〜??」
「ない」
「即答ですか…」
珍しく肩を落とす葛西を見て、思わず笑みがこぼれる
「え…笑う要素どこにもないですよ…?」
「ふふ…ふ…な、なんでもない…ふ」
「いや、大爆笑じゃないですか!先生のバカ!!」
ぷくっと可愛らしく怒ってみせる葛西は、幼く見える
なぜかまたツボりながら、俺は葛西と自宅に向かう


駅を突っ切り約10分セキュリティマンションに着く
「はぇ〜先生こんないい所に住んでるんだぁ…」
「先に言っとくが、物はほぼないからな、触ったり動かしたりは、極力やめてくれ」
鍵を挿し、透明なホールドアを開ける
広いホールは2つのエレベーターと階段が1つ、それに警備員室に繋がる扉が1枚あるだけ
エレベーターの上矢印を押して、待つ
ポンという音と共に扉が開く
「先生、何階に住んでるんです?」
サッとエレベーター内に入り、チラリと一瞥する
「8階…」
「りょーかいっ」
押すと蛍光オレンジにひかり扉が閉まる
『8階に参ります』
ゴウンゴウンと音を立てて上がっていく
「先生って閉所怖くないですか?」
「……あんまり…」
酒がまわり眠くなってきた俺は、早く寝たいなとぼんやり考えながら葛西を見る
少し俯き、小刻みに震えている葛西を見て
「葛西は閉所怖いのか」
そう言う
葛西は、今にも泣き出しそうな顔で
「わ、悪いですか…閉所と暗所は無理なんです…」