僕の一日はお嬢様の部屋へ朝食を届けることから始まる
白樺の扉に金色の取っ手
扉に薄く彫られた天使と白百合の模様
扉の前に立っている護衛騎士に会釈をして扉を2回ノックする
少しの沈黙の後

「入って」

その言葉を聞いて、扉を開ける
扉を開けてすぐ、春の暖かく優しい風が頬を撫でる
部屋はイエローホワイトが基調で、所々ホワイトグリーンや金色がある
儚げな部屋
この部屋には珍しく名前がつけられている
『新雪の間』
なぜこの名前になったのかは、付けた本人とこの部屋に住まう人しか分からない

そして、僕のご主人である、お嬢様は新雪の様な銀髪に、黄金色の瞳
華奢な身体
今日は淡青色のドレスにクリーム色のストールを纏っている
「おはようございます、フェアライルお嬢様」
窓辺の椅子に腰掛け、春の日差しを浴びながら眠そうにしている、フェアライルお嬢様はドレスの色がもっと薄ければ、今にも消えてしまいそうなくらい、儚げだ
「サフィコル」
「は、はい!」
「今日の朝食は?」
「あ……きょ、今日のご朝食はこちらです」
そばにある机の上に並べて、そのまま僕は部屋の片付けを静かにする
ベッドメイキングをして、水差しの水を確認後、床に散らばった書類などをまとめて、隣の書斎へ持っていき、机へ置く
今日のスケジュールを紙にまとめ
花瓶の花を変えるために、メイド長から花をもらい、水を変えて、花を活ける
その後はフェアライルお嬢様が、朝食を食べ終わるまで、僕は立っているだけだ
暇なわけではないが、僕はいつもお嬢様の手元を見てしまう
なんというか、滑らかで無駄な動きがないというか…
見すぎると魔法で外に追いやられてしまうけど…
んー…なにか忘れてる気が…
「は!!!!」
「ぇ?!な、なに?」
あ、お嬢様を驚かせてしまった…
「も、申し訳ありません!」
「別に気にしてないわ。で、どうしたの」
「今日、ヴェルレイモ皇帝陛下が月に一度の謁見をしろと…」
あ、一気に顔が曇った…
ヴェルレイモ・ミア・ノーベンフィールアス皇帝陛下は、フェアライル・リビィー・ノーベンフィールアス第一皇女の実の父
しかし、妾や側室ばかりに構い、お嬢様の事は無いもののように扱っていた
お嬢様に魔法の才能と王家の外見を他の者よりも強く受け継いでいることを知った皇帝陛下はお嬢様に色々なことを言ってくる
そして月に一度の謁見とは
謁見だけでなく、魔法を皇帝陛下に見せる事と、日々の活動や王家のあり方などを他の者達と話すという
お嬢様からしてみれば、嫌なこと尽くしの一日というわけだ

王家の人達はノーベンフィールアスと名前(お嬢様なら、フェアライル)以外は洗礼式という3歳〜5歳の間に受ける時、式典の際に祭司が神からの助言を得て付ける
しかし、全員が洗礼名というものを持つことが出来るわけではない
条件は、洗礼名を持つにふさわしい者かの試練を受け、その試練を3歳〜5歳までに合格し
一定額慈善事業に寄付をする事
それが絶対条件である
王家の者は持っていることが絶対とされる
持つことができなければ母親や姉妹、兄弟共々王宮から追放、そして、無条件で地下施設で働かなければいけない

「はぁ…ということはまた、お父様から嫌味を言われるのね…」
そう。心苦しいが、僕が仕えるお嬢様は皇帝陛下どころか、他のご弟妹からも嫌われているらしい
何故なのかわからない
お嬢様は、悪いことなどしていないのに…
「サフィコル、ドレスを」
「はい、お嬢様」
ドレスルームから、今日のドレスを僕が選ぶ
深緑のレースのついたクリーム色のドレスに似合う、黄緑と深緑の花の形をした髪飾りを選んでお嬢様の元へ戻る
「こちらでよろしいでしょうか…?」
「えぇ、私の好きな色だわ。ありがとう」
お嬢様は基本一人で着替える
パーティドレスを着たりする時は、僕も手伝うけれど…
「では、自分は外でお待ちしております。」
「えぇ。」
部屋から出て、護衛騎士に会釈して反対側の壁へ
こういう時、僕は疎外感を感じてしまう男ではなく女であれば、お嬢様ともう少し楽しく会話ができたのではないのか…と
僕と居るとき、お嬢様は最低限の事しか話さない
やっぱり、つまらないのか…と落胆してしまう
でも、そんなお嬢様が唯一楽しそうに話してくれた話題がある
それは、猫だ
僕の実家で、祖母が飼っていたふわふわの子猫の話を持ち出すと、キラキラと輝いた目で続きをと言ってくれた
ミルクを飲む時、飲むのが下手で顔一面真っ白になったり、家出して泥まみれになって帰ってきたりと、おっちょこちょいな話もニコニコと笑顔で聞いてくれた
今はその猫とあまり会っていないから、近況がよく分からないけど…
今度帰ったら、もっと観察してお嬢様にたくさん話をして、もっと仲良くなりたいなと思ってはいる
だけど、王宮は忙しく帰る時間がない
それを覚悟で王宮の、執事に申し出たのだが…王宮の争いは激しく、更にお嬢様への資金が他の方と比べれば3分の1ほどで、少なく
資金繰りのために、ギルドで依頼を受けて稼ぐ時もある
はっきり言って僕はこのお嬢様の扱いに、とても不満を感じている
正妃の子でないだけでこの扱いだ、実の父であるヴェルレイモ皇帝陛下も、フェアライルお嬢様への扱いが酷すぎる…
お嬢様の腹違いのご兄妹…
今からのことを考えるとため息しか出ないが、お嬢様が耐えるというのならば、僕も耐えなければならない
そう考えていると扉が開く
「サフィコル、行くわよ」
ふわふわとしたスカート部分にピッタリとしたトップスのドレスに、三つ編み
うん、やっぱり凄く似合ってる
でも、髪型…このドレスにあってない…
「お嬢様、僭越ながら、髪を整えさせていただいてよろしいでしょうか?」
「?…え、えぇ…」
座る所がないため、立ったまま髪を結わう
左右を少し巻き、残りをまた左右にわける
その2つをお団子にする
髪飾りをお団子にした部分の左に付ける
どうやって巻いたのかって?
それは、ある魔法道具の対になっている棒で巻く
うん。やっぱりこの髪型がしっくりくる。
少し幼い気がするけれど、大人っぽ過ぎるのはこの淡いドレスに似合わない。
お嬢様が鏡を見て言う
「…やっぱり、サフィコルの結う髪型が1番ね。ありがとう」
褒められて嬉しくなってしまう
「い、いえ!ありがたいお言葉…僕なんかには勿体ない…」
「ふふ、何を言うの。貴方みたいな執事私には勿体ないと思っているのに。」
長く続く渡り廊下から、下を見下ろす
忙しなく動く執事やメイド、庭師
皇帝陛下も悪趣味だ…
王城は魔法の力で数十メートルほど浮いた状態を保っている
不規則ではあるが浮いていない時期もある
今日は一段と人が蟻に見えてしまう
3代目皇帝陛下の頃からだとお嬢様が言っていた
3代目皇帝陛下は狡猾で策士だったそうだ
しかし、人道から大きく外れてしまったということで処刑された
「サフィコル」
「へぁ?な、なんでしょう」
「…怖い顔をしていたから、呼びかけただけよ。」
「あ、申し訳ございません…どうしても慣れなくて…」
みんな生きている。立場が上だとか下だとか関係ない
なのに…
こんな見下ろすようなこの場所が、僕にとっては居心地悪くて
どうしても不快で堪らない
「わかるわ、その気持ち。不快でたまらない、見下してるっていうのに憤りさえ感じる」
まぁ、そんなこと言ってても仕方ないんだけどねとポソッとこぼす
お嬢様……
「サフィコル、今回は中に入ってて構わないわ」