迷いの森の仮面夫婦


上手に言葉が切り返せない。 唇まで震えていた。 それでも彼の顔から目が離せない。
その時ふと気が付いたのだ。

五歳のあの日出会った時も海鳳は私よりもずっとお兄さんだった。
母がいつか言っていた、早乙女さんの双子の姉弟はお兄ちゃんと同い年なのよって。

と、言う事は今は三十手前位だろうか。 確かに医者としてはまだまだ新米と呼んでもおかしくはない。

その日の事ミーティングは余り良く覚えていない。 訪問介護先のご老人は胃に病気があり、食事も一人ではまともに取れないご老人だった。

続々と人が集まったミーティングルームで、資料と向かい合い海鳳が真剣な顔をしていた。

午後からの訪問先でも「何だよ、高塚先生じゃねぇのかよ」と厳しい言葉を投げかけられても海鳳はにこにこと笑って笑顔を絶やさなかった。

患者さんに分かりやすくゆっくりと言葉を投げかけて、丁寧な対応をしていた。
訪問が終わった後にも、交わした会話は「ありがとう」とか「お疲れ様」という何気ないものばかり。