海鳳の背中に寄りかかりながら聴いた夢は、幼い頃彼と出会った時に流れていた曲なのだ。
多分、家の中で凪咲さんが弾いていたものだと思う。 だから私はこの曲が忘れられない。
ずっと頭から離れずに、何年後かにテレビで流れているのを聴いてドビュッシーの曲だったという事を知ったのだ。
「それにしても何度聞いても思い出せないな」
「あ、私と海鳳の出会い?」
「うん。小さい時の雪穂と出会っていたなんて、思い出せないんだ。
俺はそんなに小さい頃じゃなかったのに…」
海鳳と結婚を決めて、早乙女家にご挨拶に来た時お母さん同士が知り合いだったと話した所
五歳の頃の出会いの話になったのだ。 けれど、海鳳はちっとも私の事は覚えていなかったそうだ。
私にはすごく印象的な出来事だったけれど、海鳳にとってはそうでもなかったのかもしれない。 幼い頃、たった一度だけ出会った少女の事などすっかりと忘れてしまったのだろう。



