昔から父親の言うことを聞いて生きてきた。父親が敷いたレールの上を歩けば絶対に失敗はしなかったし、楽でもあった。でも、ほんとにこのままでいいのかずっと葛藤してきた。その葛藤を抱え込んだせいで私は、私はーーーーー。
「楓結、おいで」
父が私を呼んだ。私が駆け寄ると父はまだ幼い私に言い聞かせるように言った。
「お父さんの言うことを聞きなさい。そうすれば、全て上手くいく」
私はその言葉を信じ、全て父の言う通りにしてきた。実際全てが上手くいったし、私が活躍すると、父は嬉しそうだった。私はそんな経験から父をよりいっそう信頼するようになった。ただ父への信頼はずっと続くわけではなかった。
「楓結、今日一緒に帰らない?」
「帰り?」
私の幼なじみで親友の谷地裕茉にそう言われ、私は戸惑った。裕茉は私の父が厳しいことを知っているので、今みたいなことを言い出すことは少なかった。少しでも遅れて帰ると私の父がうるさいからだ。
「ごめん、お父様に聞いてみてもいい?」
「うん、ごめんね」
「裕茉が謝ることじゃないよ。ごめんはむしろ私の方」
即答できないことを裕茉に申し訳ないと思いつつ、私は父に電話をかける。2回ほどコールが鳴って父が出た。「なんだ、今仕事中だぞ」少し機嫌が悪いみたい。こういう時は下手に出るのが得策。
「すみません、お父様。言っておきたいことがありまして、今日帰りが少し遅くなるんですけど…」
「なんでだ、用事でもあるのか」
「はい。裕茉と歩いて帰ろうと思いまして」
普段私は自転車で通学しているので徒歩通学の裕茉と一緒に帰ることは無い。でも方向は一緒なので私が自転車を押しながら歩きさえすれば一緒に帰ることは出来る。時間が遅くなるので許しては貰えないが。
「裕茉さんと?ダメだ。そんな時間があったら勉強しなさい」
「でも、いつも裕茉は…」
「でもじゃない、わかったな?」
いつもの私ならここで「わかりました」と言って引くところだろう。だが今日はすぐに納得など出来なかった。いつも裕茉は私のために一緒に帰ろうと誘うことは無い。そんな裕茉がわざわざ誘ってきたということはきっと相談したいことがあるのだろう。
「…分かりません。私は勉強より裕茉を優先したいです」
私がそう言った瞬間、裕茉は父に聞けえないくらいの声で「楓結…」と呟いた。いつも隣で父の言うことにすぐに頷いている私を見ていたこともあって驚いているのだろう。しっかり者の裕茉が私を頼るほど困っている時くらい、私は力になりたい。
「楓結。ダメだと言っているのが分からないのか」
「勉強ならちゃんとやります。ちょっと帰りが遅くなるだけじゃないですか」
今日は何があっても裕茉と帰る。そう決めた私はこれまでにないほど父に反抗していた。でも父も譲らない。その様子を見て裕茉が視界の隅であわあわしてるのが面白いとか思ったらダメだろうけど。
「学生は勉強が仕事だ。お友達ごっこをするのは小学生までだ」
「…お友達ごっこってなんですか?裕茉と私は親友なんです!とにかく今日は帰りが遅くなりますので、では!」
私はそうまくしたてるとまだ何か言う父を無視して、一方的に電話を切り、裕茉に「ごめん、帰ろっか」と声をかける。裕茉は戸惑いながらも私と一緒に歩き出した。
学校を出て少しはたわいもない話をして盛り上がった。ちょうど信号に引っかかり、裕茉はずっと気になっていたであろうことを言い出した。
「良かったの?お父さんの言う事聞かなくて」
「いいの、いいの。ちょっと帰りが遅くなるくらい許可なんて求めなきゃ良かった」
「そ、そう?」
裕茉は腑に落ちない様子だったが、自分が口を出すことではないと判断したのか納得したようだった。
結局裕茉はその日、特に相談をしてくるわけでもなく私と帰りたかった理由はわからなかった。自分のせいで私と父が、喧嘩になったことに責任を感じて、自分が相談事をしている場合ではないとか思ったんだろうな。裕茉は昔から変なところでも気を使うから。
家に帰り、勉強をしていると玄関のドアが開く音がした。父が帰ってきたのだろう。いつも玄関まで行ってお出迎えをするが、今日はどうしよう…少し迷って行くことにした。今日は私と裕茉の関係をお友達ごっこだと言われ、ムカついてちょっと意地になっていた部分もあった。たった2人の家族だ。お出迎えくらいはするべきだろう。
「おかえりなさい。お父様」
父は私が来てびっくりしたようだった。来ないと思っていたのだろう。
「ああ、ただいま。もう帰ってたんだな」
「はい。30分くらいには着きました」
「そうか。どこかに遊びに行ったかと思った」
なるほど、父は私と裕茉がどこか寄り道をするために一緒に帰ろうとしていると思っていたらしい。だからあんなに反対したのか。
「ただ歩いてきただけですから」
「そうか。…悪かったな」
少し黙って父が謝った。私は驚愕した。今まで17年間父に謝られたことなんてあの1度しかなかった。まぁ、父にあんなに反発したのが初めてだっていうのもあるけれど。
「いえ、その私も言う事聞かなくてすみませんでした…」
「いや、楓結には裕茉さんしかいないもんな。裕茉さんを大切にしなさい」
「いいえ。私にはお父様もいますよ」
「楓結…」
その日の喧嘩はこれで終わりになった。だが、1度反発することで自分の意思を持った私は今までの父の言うことをただ聞く生活に疑問を持ち始めた。
次の日の朝、玄関から出ると裕茉が家の前で待っていた。
「裕茉?」
「おはよ、楓結。一緒に行かない?」
「いいけど、どうかした?」
やっぱり言いたいことがあったのだろうか?私は疑問に思いながらも裕茉と一緒に歩き始めた。
昨日と同じ信号で裕茉は切り出した。
「昨日、大丈夫だった?ごめんね」
その言葉を聞いて全てを察した。裕茉は私と父が喧嘩になったんじゃないかと気を使ってくれたんだ。
「全然大丈夫だよ。私こそごめんね。気使わせちゃって」
「ほんとに?朝だって挨拶せずに出てきたでしょ?」
「お父様はもう仕事に行ってるから」
「そーなんだ、良かったぁ」
私がそう言うと裕茉は安心したようで、一気に緊張がほぐれた顔をしてる。ちょっと神秘的なイメージがあるのにこういうわかりやすいところもあるのが裕茉の可愛いところなんだよね。みんなはまだ気づいてないけど。
「裕茉。私ねもうちょっと自分の意思を持ってみようと思うの」
唐突にそう告げたから、裕茉は一瞬固まって、それから目を見開いて、嬉しそうに微笑んだ。
「うん、私応援するから。困った時は頼ってね?」
「ありがと。でも裕茉もだよ?もっと私に頼っていいんだよ?」
「…うん。ありがとね。いつか絶対話すから、だから、ちょっと待ってて」
裕茉はちょっと泣き出しそうな顔になって、それから子供のように無邪気に笑ってそう言った。裕茉は絶対話してくれる。私もそう確信したからそれ以上は追求しないでおいた。いくら仲のいい親友にだって言えないことくらいある。
「楓結、おいで」
父が私を呼んだ。私が駆け寄ると父はまだ幼い私に言い聞かせるように言った。
「お父さんの言うことを聞きなさい。そうすれば、全て上手くいく」
私はその言葉を信じ、全て父の言う通りにしてきた。実際全てが上手くいったし、私が活躍すると、父は嬉しそうだった。私はそんな経験から父をよりいっそう信頼するようになった。ただ父への信頼はずっと続くわけではなかった。
「楓結、今日一緒に帰らない?」
「帰り?」
私の幼なじみで親友の谷地裕茉にそう言われ、私は戸惑った。裕茉は私の父が厳しいことを知っているので、今みたいなことを言い出すことは少なかった。少しでも遅れて帰ると私の父がうるさいからだ。
「ごめん、お父様に聞いてみてもいい?」
「うん、ごめんね」
「裕茉が謝ることじゃないよ。ごめんはむしろ私の方」
即答できないことを裕茉に申し訳ないと思いつつ、私は父に電話をかける。2回ほどコールが鳴って父が出た。「なんだ、今仕事中だぞ」少し機嫌が悪いみたい。こういう時は下手に出るのが得策。
「すみません、お父様。言っておきたいことがありまして、今日帰りが少し遅くなるんですけど…」
「なんでだ、用事でもあるのか」
「はい。裕茉と歩いて帰ろうと思いまして」
普段私は自転車で通学しているので徒歩通学の裕茉と一緒に帰ることは無い。でも方向は一緒なので私が自転車を押しながら歩きさえすれば一緒に帰ることは出来る。時間が遅くなるので許しては貰えないが。
「裕茉さんと?ダメだ。そんな時間があったら勉強しなさい」
「でも、いつも裕茉は…」
「でもじゃない、わかったな?」
いつもの私ならここで「わかりました」と言って引くところだろう。だが今日はすぐに納得など出来なかった。いつも裕茉は私のために一緒に帰ろうと誘うことは無い。そんな裕茉がわざわざ誘ってきたということはきっと相談したいことがあるのだろう。
「…分かりません。私は勉強より裕茉を優先したいです」
私がそう言った瞬間、裕茉は父に聞けえないくらいの声で「楓結…」と呟いた。いつも隣で父の言うことにすぐに頷いている私を見ていたこともあって驚いているのだろう。しっかり者の裕茉が私を頼るほど困っている時くらい、私は力になりたい。
「楓結。ダメだと言っているのが分からないのか」
「勉強ならちゃんとやります。ちょっと帰りが遅くなるだけじゃないですか」
今日は何があっても裕茉と帰る。そう決めた私はこれまでにないほど父に反抗していた。でも父も譲らない。その様子を見て裕茉が視界の隅であわあわしてるのが面白いとか思ったらダメだろうけど。
「学生は勉強が仕事だ。お友達ごっこをするのは小学生までだ」
「…お友達ごっこってなんですか?裕茉と私は親友なんです!とにかく今日は帰りが遅くなりますので、では!」
私はそうまくしたてるとまだ何か言う父を無視して、一方的に電話を切り、裕茉に「ごめん、帰ろっか」と声をかける。裕茉は戸惑いながらも私と一緒に歩き出した。
学校を出て少しはたわいもない話をして盛り上がった。ちょうど信号に引っかかり、裕茉はずっと気になっていたであろうことを言い出した。
「良かったの?お父さんの言う事聞かなくて」
「いいの、いいの。ちょっと帰りが遅くなるくらい許可なんて求めなきゃ良かった」
「そ、そう?」
裕茉は腑に落ちない様子だったが、自分が口を出すことではないと判断したのか納得したようだった。
結局裕茉はその日、特に相談をしてくるわけでもなく私と帰りたかった理由はわからなかった。自分のせいで私と父が、喧嘩になったことに責任を感じて、自分が相談事をしている場合ではないとか思ったんだろうな。裕茉は昔から変なところでも気を使うから。
家に帰り、勉強をしていると玄関のドアが開く音がした。父が帰ってきたのだろう。いつも玄関まで行ってお出迎えをするが、今日はどうしよう…少し迷って行くことにした。今日は私と裕茉の関係をお友達ごっこだと言われ、ムカついてちょっと意地になっていた部分もあった。たった2人の家族だ。お出迎えくらいはするべきだろう。
「おかえりなさい。お父様」
父は私が来てびっくりしたようだった。来ないと思っていたのだろう。
「ああ、ただいま。もう帰ってたんだな」
「はい。30分くらいには着きました」
「そうか。どこかに遊びに行ったかと思った」
なるほど、父は私と裕茉がどこか寄り道をするために一緒に帰ろうとしていると思っていたらしい。だからあんなに反対したのか。
「ただ歩いてきただけですから」
「そうか。…悪かったな」
少し黙って父が謝った。私は驚愕した。今まで17年間父に謝られたことなんてあの1度しかなかった。まぁ、父にあんなに反発したのが初めてだっていうのもあるけれど。
「いえ、その私も言う事聞かなくてすみませんでした…」
「いや、楓結には裕茉さんしかいないもんな。裕茉さんを大切にしなさい」
「いいえ。私にはお父様もいますよ」
「楓結…」
その日の喧嘩はこれで終わりになった。だが、1度反発することで自分の意思を持った私は今までの父の言うことをただ聞く生活に疑問を持ち始めた。
次の日の朝、玄関から出ると裕茉が家の前で待っていた。
「裕茉?」
「おはよ、楓結。一緒に行かない?」
「いいけど、どうかした?」
やっぱり言いたいことがあったのだろうか?私は疑問に思いながらも裕茉と一緒に歩き始めた。
昨日と同じ信号で裕茉は切り出した。
「昨日、大丈夫だった?ごめんね」
その言葉を聞いて全てを察した。裕茉は私と父が喧嘩になったんじゃないかと気を使ってくれたんだ。
「全然大丈夫だよ。私こそごめんね。気使わせちゃって」
「ほんとに?朝だって挨拶せずに出てきたでしょ?」
「お父様はもう仕事に行ってるから」
「そーなんだ、良かったぁ」
私がそう言うと裕茉は安心したようで、一気に緊張がほぐれた顔をしてる。ちょっと神秘的なイメージがあるのにこういうわかりやすいところもあるのが裕茉の可愛いところなんだよね。みんなはまだ気づいてないけど。
「裕茉。私ねもうちょっと自分の意思を持ってみようと思うの」
唐突にそう告げたから、裕茉は一瞬固まって、それから目を見開いて、嬉しそうに微笑んだ。
「うん、私応援するから。困った時は頼ってね?」
「ありがと。でも裕茉もだよ?もっと私に頼っていいんだよ?」
「…うん。ありがとね。いつか絶対話すから、だから、ちょっと待ってて」
裕茉はちょっと泣き出しそうな顔になって、それから子供のように無邪気に笑ってそう言った。裕茉は絶対話してくれる。私もそう確信したからそれ以上は追求しないでおいた。いくら仲のいい親友にだって言えないことくらいある。

