イザベラは「そんなことないよ。 彼女に騙されないで、お願い」と涙を流し、慌てて説明しようとしたが、もはや言葉はまったく役に立たなかった。

顔についた手形は揺るぎない証拠であり、嘘を吐かないからだ。

ジェームズはほとんどイザベラに騙されるところだったが、 幸い、ニーナが証拠を見せた後も彼女の言葉を信じ続けるほど馬鹿ではなかった。

ニーナは言い返そうとはせず、顔についた手形を指差して「証拠」を強調すると、

そのまま振り向きもせず立ち去ってしまった。

ジェームズは軽蔑的な表情を浮かべ、不快なものでも見るようにイザベラを見つめ、シャツの裾を払った。 その間ずっと、彼女は無実の振りをしていた。けれども、ジェームズが何よりも嫌っていたのはこういう女だった。

彼は凄まじいスピードで走ってニーナを追いかけ、 放ったらかしにされたイザベラは、胸が張り裂けんばかりに叫んでいた。

「先輩、待てよ!」
ジェームズは大股でニーナに追いつき、一緒に並んで歩き始める。

ニーナはしばらく立ち止まり、軽快に笑っているジェームズをじっと見つめた。 彼を見ていると思わずジョンのことが頭に浮かんで、不意に混乱する。

そして我に返ると 「え、私のことなんて呼んだの?」と尋ねた。そんな風に呼ばれたのは初めてだったのだ。

「先輩」
何かまずかった?まずいこと言ってしまったか?何れにせよ、彼は新入生でニーナは二年生なのだ。「先輩」と呼んでも差し支えないはずだ。

ニーナは嬉しそうに頷き、 「悪い気はしないわね」と答えた。

こんな嬉しそうな反応をする人を見たのは初めてだったので、ジェームズは少し気恥ずかしく、なんと言っていいかわからなくなってしまったが、

絶句してはにかみ、後頭部をさすりながら呆けたような笑顔を浮かべる、そのときの彼はまるで内気な少年のようだった。