ニーナは全身がヒリヒリするのを感じた。 そして体をひねって後ろを向くと、気だるげに瞬きした。 けれども、横で寝ている男を見るや否や悲鳴を上げそうになった。

まさか!

ニーナは息を呑んで、口を覆った。 こんなはずじゃ……

ニーナはそばにあるテーブルランプに手を伸ばしたが、その手は、人妻の身でしでかしたことの重大さに震えていた。 自殺の件を調査しに来ただけだったのに…… しかし、悪魔の部屋に入り込んでしまったなんて、知るすべがあっただろうか?

ニーナの目はきらっと輝いた。

外で鳥が囀るのを聞くと、彼女は落ち着きを取り戻し我に返った。

結婚を破綻させかねないのはわかっているので、素早く服を着ると、隣でぐっすり眠っている男には目もくれずにくるりと背を向けて出て行こうとする。

きっと、二度と会うことはないだろう。

ニーナがホテルを出たとき、駆け回る記者も職員もいなかったので、自殺の件に関してなんの報告もなかったことがわかった。 彼女はほっとため息をついた。

ぼんやり家に帰った。 そして、肌全体が赤くなるほど何度も体を洗うことに午前中いっぱいを費やした。

見知らぬ男と火遊びするのは悪いことではない。 唯一の問題は彼女が既婚だということだ!

二年前、ニーナはまだ会ったことすらない男と婚姻届に署名した。

それどころか、男の名前も背格好も年齢も、何も知らないのだ。

当時、あんなに困窮していなければ、自分で墓穴を掘るような真似はしなかったはずだ。

ニーナは困り果てて歯を食いしばった。

「まずい!」
唐突に、ある考えが彼女の頭をよぎった。 嫌な予感がして、引き出しに駆け寄ると契約書を引っ張り出した。

不倫に関連する項目があったことを思い出して不安に震えながらページをめくる…… 結婚が有効な期間に彼女が浮気をした場合、慰謝料はいくらになるのか?

契約書をかき回した。

すると、ニーナは雷に打たれたように凍りついて、 「二千万?」 と思わず叫んだ。

目をこすり、もう一度よく見る。 そのページには、彼女が二千万ドルの慰謝料を負うとはっきり書かれていた。 しかも、その下には彼女自身の署名と指紋が押されていた。

本当にやばい。

逃げる術はないのだ。

「二千万」
ニーナは手を震わせ、 床に崩れ落ちた。 今や唯一の望みは、地面に飲み込まれることだけだ。

どこからそんな大金を引き出せばいいのか?

そもそも浮気するつもりはなかったのに。

はい、決めた。

二度とその男と会わないわ。

万が一会うようなことがあれば、口止め料を払えばいい。

彼が拒否するというなら、脅迫するまでだ。

と歯を食いしばり、冷静に目を細めて鏡を覗き込んだニーナはそう考えている。

ニーナは、この問題にけりがつき次第、離婚届を出すつもりだった。 今のところ他に出来ることはない。

そうすれば、彼女は欲しかったもの、つまり自由をようやく手に入れられるはずだ。 夫に引き止めらることなく、晴れて犯罪心理分析官の資格を取ることができるのだ。

ニーナはほっとため息をついた。