足音が近づいてくるのが聞こえるとぱっと振り返った。 背の高いハンサムな男がニーナの前に立ち塞がっている。 ニーナはこれまでかっこいい男をたくさん見てきたが、いま目の前にいる男とは比べものにならなかった。

彼の上半身はしっかり引き締まり、 色白な肌とがっちりした筋肉は、水滴が腹筋を伝って流れ落ちると一層魅力的に見えた。 ニーナは固唾を呑んだ。

「堪能したかい?」
男が冷たくそう言ったので、ニーナは現実に引き戻された。 彼女は自分の仕事を思い出し、頭を切り替えて堂々と謝った。
「ごめんなさい。 部屋を間違えたみたいです」

この世界に、 部屋を間違える人間は愚か者か人たらしの二種類しかいない。 男は彼女が後者だと思った。

ジョン・シーはニーナをじっと見つめた。 美しい顔、白い肌、そして高い鼻。

磁器のような肌はピンク色に淡く染まり、無垢に見開かれた目がきらきら輝いていた。 ニーナにはジョンを惹きつける何かがあり、

彼は思わず口元を緩めた。

「間違ってないぞ」
ジェームズが彼に言っていたサプライズとは、つまりこの女のことに違いない。

ジョン・シーはこの種の出来事に慣れていた。 けれども、ジェームズが以前に送ってきた女性たちはジョンにことごとく振られていた。 実際のところ、ジョンはこういう女たちに飽き飽きしていたので見向きもしなかったのだ。

しかし、目の前の女性が二十歳くらいでジェームズと同世代なのがわかると、とりあえず気を遣ってやることにした。

「いつからやっているんだい?」
ジョンの口調は、むしろ、甥のジェームズを叱っているようだった。

ニーナは困った表情を浮かべて眉をひそめ、 「初めてです」と正直に答えた。

これまで彼女は、教官室で交わされる議論を通してしか事件を担当したことがなかったので、 捜査のために現場に出たのはこれが初めてだったのだ。

聞くところによると、管区内で自殺が二件あったが捜査打ち切り間近らしい。 しかし、ニーナはそれが単なる自殺ではないと感じていた。 実を言うと、彼女は二つの事件の繋がりを探りにきたのだ。 ニーナは頭のどこかで、二人の犠牲者に何か関係がある気がしていたので、彼らを結びつけるための手がかりを見つけようとしていた。

彼女は今週から、自分の推理を立証する手がかりを求め、近辺のホテルをすでに何軒かまわっていた。

「初めてか。 それで、理論もある?」
そういってジョンは腰を下ろすと、ワイングラスを手に取って一口飲もうとした。

そのときニーナはたまたまジョンの方に視線を向けただけだったが、そのまま目を離すことができなくなった。
「私は二年も理論を勉強したのよ」

「ああそう、 それで?」
ジョンは冗談でも聞いたかのように鼻であしらった。

「そんな仕事でも理論とやらを教えてくれるのかい? なんのために? 男で実践するためかな?」

「馬鹿にしないで!」と彼女は言い返した。

ジョンの声を聞いたとき、ニーナはくるりと向きを変えて出て行くところだった。

「おまえ、自分が尊敬に値するとでも思ってるのか? いくらもらったんだ?」
ジョンはタバコに火をつけ煙の雲を吹き出した。 女性がそのような業界に飛び込む理由がお金以外にあるとは、彼には到底思えなかった。

ジョンは胸の前で腕組みした。

「もらってないわ」
とニーナはきっぱり答えた。

もらっていないって?

彼女はジョンが今まで目にした最も美しい女性だった。

しかも、このサークルでは女性は数万ドルの値がつくこともある。

ニーナが立ち去ろうとしているのを見て、ジョンは眉をひそめた。
「行っていいなんて言ったか?」