ジョンは「嫌だね」と言い、頭を上げると不気味な笑顔でニーナの方を見た。
「他の男と結婚していると言ったって、おまえの身体は俺のものだ。 それにおまえの夫、不能なんだろ?」

それを聞いて、ニーナはひどく侮辱されたと感じた。

これまでの人生で、今日ほど屈辱を感じたことはない!

運転席で耳を澄ませていたヘンリーでさえ、それを聞くともう我慢できなかった。 けれども、彼にできることといえばそっと心の中で罵るだけだ。 ヘンリーは自分の上司の悪口を大声で言う勇気などなかったのだ。

その瞬間、車内が凍りついたが、ニーナが原因だった。

ピシャリ……

ジョンの顔にいきなり派手な平手打ちを食らわせたのだ。 おろおろした赤い目でニーナは恨めしげに彼を見つめた。

彼女は、昨夜起きてしまったことはもう受け入れ、すべて忘れて楽になろうとしているつもりだった。

その件でジョンがまだ何か言うのは受け入れられなかった。

いきなり聞こえた平手打ちにヘンリーは唖然とし、息を呑んだ。

ジョンは顔に平手打ちされたのは初めてだった。 耳元でうなる音を聞くと灼けつくような痛みが続き、口の中に魚のような甘ったるい味が広がった。

ニーナの平手打ちは容赦無く、とても痛かった。

「降りろ!」
ジョンは歯を食いしばって、荒々しく怒鳴った。 彼の顔には黒い影が差し、まるで挑発されて猛り狂ったライオンのようだった。 心には怒りの炎がめらめらと燃え上がる。

ニーナは弱い者いじめをする人間を恐れたことはなかった。けれども、そんな男のそばに居続ける気もなかったので、 そっと車を降りると振り返らずにきびきびと歩き去ろうとした。

しかしジョンはニーナが車から降りるや否や、彼女がそれ以上向こうに行くのを邪魔した。

ニーナはぎろりと睨み返し、「まだわからないの?もう一発ひっぱたかれたいわけ?」と訊いた。

タフで名高いジョンにとって、もう一度平手打ちされるくらいなんでもなかった。

それどころか、食らった平手打ちに利息をつけて請求するだろう。

彼は取引で負けたことが一度もないのだ。