抜け目ないヘンリーは、今しがたのニーナの台詞は聞かなかったことにして、 スピードを緩める素振りも見せずに速度を保って運転し続けた。けれども、目的地は変わっていた。

いまジョンとニーナは二人で濃密な時間を過ごしているのだから、ここはジョンの屋敷に向かうのが得策だというわけだ。

車が少しも減速していないことを察知すると、ニーナはイライラし、ジョンに鋭い視線を飛ばした。 「今すぐ車を停めるように言ってちょうだい」

しかし、ジョンはニーナの言葉を無視したばかりか、「え、それどういう意味?」と尋ねる有様だった。

「どういう意味って、何がよ?」 さっきあんなに喋ったのに、分からないの?

彼女はイライラと不安を感じ、ジョンなど見たくもなかったので、ありったけの力で彼を押し退けようとする。

すると、車内が急に広くなったようだ。

ジョンはニーナの独善的な顔に満足げな表情が浮かぶのを眺めていた。 彼がわざと力を抜いて押し退けられてやったのに、自分の力でどかしたと勘違いするほどニーナは純朴なのだろうか?

彼女はいかに自分が恵まれているかについて、まったく気が付いていないようなのだ。

しかし、そんなことはどうでも良い。 目下のところより重要なのは、彼女がさっき言ったことの本当の意味を掘り下げることなのだ。「『酷い目には合わなかったし、取り越し苦労だった』って、どういう意味だ?

チャン家が何かしてきたのか?」 ジョンが真面目な顔で見つめる。

「まあ、私を追いかけて誘拐するために人を雇ったみたいね。 あんたの差し金でしょ?」ニーナは激しく嘲笑うと、もうジョンの方には目もやりたくないらしい。

けれどもニーナが思っていたのとは違い、ジョンにそんなつもりはなかった。

しかし今、彼も同じように狼狽えているので、自分がどうしたいのかすら良く分からないのだった。