二人の男も車の中でひやりとしていた。 急ブレーキの慣性で二人とも前につんのめったのだ。

ヘンリーはハンドルを握ってとっさに身構えた。

その一方、ジョンは運悪く、 座席の背もたれに倒れかかり、ピシッとアイロンをかけたシャツにしわが寄った。

「ヘンリー!」
ジョンが怒って叫ぶと、 彼の眉間のしわは、服のしわよりも深く刻まれた。 そのきついしわは、彼が激怒していることを物語っている。

ヘンリーは背骨がさっと冷えるのを感じた。

今日はじめて上司と働くというのにアクシデントばかり起きるとは、 どうかしてるのだろうか?

ヘンリーは叱られるのを覚悟して歯を食いしばり、言い訳した。
「女性が飛び出してきたんです。 申し訳ありません、社長!」

しかし、ジョンはヘンリーを睨むとゆっくり腰を下ろした。 そして服のしわを伸ばし、車の前に座り込んでいる女性を一瞥した。

黒い髪と青白い顔の半分だけが見えるだけだったが、ジョンは一層気分を害した。

彼は無情にも、目をそらすと 「行くぞ」と言った。

ヘンリーは唖然とした。 女性に大丈夫かどうか尋ねるべきではないか?

でも、彼の上司はいつだって無情なので、 そんなことをしないのも想定外ではなかった。

それより、仕事を失わないことの方が大事だ。

すると、ヘンリーはハンドルを回し、ニーナが我に返ったときには、二人を乗せた車はもう立ち去ろうとしていた。

それを見た瞬間、ニーナは昨夜の仕打ちと手のひらの痛みを思い出し、 急に腹が立ってきた。

手のひらの痛みを我慢して素早く立ち上がり、手を伸ばして車を止める。

ヘンリーは二度目の急ブレーキを踏んだ。

ジョンはいらいらと目を閉じ、次に目を開けたときには前より冷たく光っていた。
「社長、あの人が止めるんですよ」