サムは今日、家族の夕食会を準備していた。ニーナの結婚相手も来るに違いない。 彼がそこでニーナに会ったらどうなるか? そして、離婚を拒否したら……

今すぐ関係をきっぱり断った方がいいに決まっている。

「おじさん、今日はお話があって来たんです」
そして、それ以上何も言わずにバッグから離婚届を取り出す。

その日の朝に印刷したばかりなので、インクがまだ新しい。

ニーナはその離婚届をサムに手渡した。
「おじさん、離婚届です。 私はもう署名しました。 お願いします……」

夫の名前は何だったっけ?

彼女はまばたきし、夫の名前すら知らなかったことに今さら驚いて、「夫に渡して、署名するように言ってください」と続けた。

離婚届?

サムの表情が一変する。 彼は書類を一瞥するとニーナの方に目をやり、表情を観察した。

どうやら本当に離婚するつもりらしい。

しかも自分で離婚届を準備して来るとは。

「考え直さないかね?」
サムはやさしく諭した。

けれどもニーナはすでに決心していた。

どんな解決策を考えても、結局離婚に辿り着くのだから仕方ない。

もし浮気をしていなければ、ニーナはそんに焦って離婚を考えなかっただろう。 けれども二千万ドルが鉛のようにのしかかっていた。

彼女は今、夫が現れることすら望んでいなかった。

夫が何らかの理由で事実を知ったらどうなるか? ニーナは死にたくなかった!

サムの顔全体に失望が広がるのを見て、彼女は痛む額に手をやった。
「私はもう決心しています。 私の名義の所有物はみんな手放しますから」

「本気か?」
もうシー家の後ろ盾はいらないのだろうか?

サムを除いて家族の誰もニーナのことは知らなかった。 この件に関してはサムが全ての原因なのだ。

もし彼がニーナに関するすべての情報を消し去っていなかったら、彼女はすでに家族に捕まっていただろう。

「はい」

二千万ドルを払わなくてよいなら、何でもよかった。

支払う能力がなかったわけではない。しかし不当な扱いを受けるのはごめんだ。

しかも、ニーナは家族から身を隠す術を心得ていた。

サムはしばらく考え、ニーナが離婚を望んでいるのは息子に会ったことがないからだと結論した。

「いや、わしは君の結婚に責任がある。 君と息子が会ったことがないのはわしのせいだ」

そしてコートのポケットから色あせた1インチほどの写真を取り出すと、ニーナに手渡した。
「わしの末っ子だよ。 離婚は会ってから決めなさい」

ニーナは写真を一瞥した。 色あせているので、若者の輪郭がぼんやりと見えるばかりだが、 大学を卒業したてのようだ。

ハンサムだったに違いない。

けれども最近の写真を見ないことには、今どうなのかは知りようがない。

「おじさん、夫を引き止めたくないんです」とニーナは言った。 それに、これ以上時間を無駄にする気もなかった。

サムは彼女の決心がぐらつかないのを見ると、離婚を断念させるには別の策に出る必要があると悟った。