あたしは後先なんか考えずに、午前中に下柳先生と前島さんから背中を押されたことが原動力となりガムシャラに整形外科病棟へ繋がっている階段を駆け上がった。


階段と病棟廊下を隔てている重量感のある防火扉をグイっと押し開ける。
リハビリエリアとは異なる医薬品の匂いがすうっと漂う。
その中をキョロキョロしながら歩いていくと、ついこの間、森村医師と話をした処置室のドアから光が漏れていた。


『あれっ?もしかして・・・』

そこの前を通りかかったところ聞き覚えのある声がしてつい立ち止まってしまった。


「岡崎先生・・・なんで俺なんですか?」

「・・・どういうこと?」

「なんで俺に学生がつくんですか?俺、今、それどころじゃなくて、学生の実験台になる時間を、もっともっとちゃんとしたリハビリをする時間に充てたいのに・・・」


ふたりの男の人の声。

いつもの気だるい声ではないけれど至って冷静そうな岡崎先生とは対照的に
楯突くような焦燥感が強く感じられるような声で会話していたのは

「実験台・・か・・・」

「俺、時間、ないんですよ・・・今年就職したばかりなのに仕事を長い間休まなきゃいけなくなってしまったから・・・だからどんどんリハビリやって早く治さなきゃ・・・」

「長谷川くん・・・」

あたしの手の外科症例候補である長谷川さんだった。


処置室のドアの存在によって、処置室の中にいるふたりには
多分、あたしの存在が気付かれていない
だから今、ふたりで話していることは多分、本音だと思う

その本音の中にはあたしという存在も含まれている
ただし、必要とされていないというネガティブな内容
昨日、長谷川さんに直接お会いして挨拶した時から何ら変わっていない

『やっぱり、あたしじゃダメなのかなぁ。』

午前中の“良い手応え”なんて竜巻かなんかで吹き飛ばされたようになくなってしまい、情けない声で処置室内のふたりに聞こえないように呟いたあたし。

まだ、まともな会話すらしていないのに
学生という存在だけで完全に拒否されたのはやっぱり哀しいし悔しい
でも、学生が患者さんのためにして差し上げられることなんて
はっきり言ってないのも事実だと思う
あたしじゃ、長谷川さんの力になんてなれない
哀しくて悔しいけれど、仕方がない

長谷川さんの症例担当を自分が担うのは無理です
・・今まで掲げたことなんてない弱音だらけの白旗を自ら掲げるしか
自分に今できることはないんだ、きっと・・・


「学生なんて、長谷川くんの役に立たないですよね、きっと。でも、
真緒・・・いや神林はちょっと違いますよ。」

「えっ・・・?」