「院内PHS、森村2004?・・・人が見えないように渡しやがって。コレだよな?森村先生から渡されたメモ。」


やや荒い口ぶりでそう言われながら、あたしは頭をガシっと掴まれたままくるりと反転させられ、顔を覗き込まれた。

今度こそ叱られる・・・
その緊張感から静止していた頭を必死に呼び覚ます。


『・・・はい。本人から・・です。』


あ~、
実習中メロンパンを貰うとか
個人的に連絡先を受け取るとか
学生が指導教官の判断なしでやっちゃダメなこと

あ~、
これで実習中止→留年決定?!
お父さんお母さんごめんなさい
留年イコール学費1年分無駄遣いしてしまうことになりそうです

それでも学生として、医療人のたまごとして
そしてひとりの人間として嘘はつけないから、森村先生から連絡先を受け取ったことを認めた。
ようやく再び動き始めた頭で考えて。



「相変わらず、メロンパン買い占めとか、セコイことしてるな~あの人は・・・」


あれ、そっち?
学生の身分でど~の、こ~のとかじゃないの?


「PHS、時間外にかけるなよ。ただでさえ、まおはレイナさんに似てるからな。」


レイナさんって
森村先生がメロンパン買占めに走る原因となっている人かな?
しかも、そのレイナさんがあたしに似ているって・・・


『あたしがその、レイナさんに似ているってどう』

「とりあえず、大丈夫そうだな。早くそれ、片づけて作業療法室で見学しろ!」


岡崎先生はあたしの問いかけを遮るように、ぶっきらぼうにそう言いつけ、あたしの真横をすうっと通り過ぎて行ってしまった。
なぜか学生の身分でうんぬんかんぬんと叱られることもなく。

その代わりに岡崎先生が通り過ぎて行った際に、ほんの一瞬、再びグリーンウッド系の香りがあたしの鼻をかすめたせいで、

『あれっ?なんか、あたし、熱でもあるの・・か?・・ホント、なんなの、コレ。』

背後を彼に支えられた際、あたしの背中が感じ取った彼の胸板の硬い感触をじわじわと想い出さずにはいられなかった。


実習10日目

チーム長谷川(さん)結成日
この日は
・・・長谷川さんの視界に入ることがまたできなかったという残念な日
・・・因縁めいたメロンパンと岡崎先生のお怒りを招きかけたという黄色いメモのおかげで、自分と同じように長谷川さんとの関わりで悩んでいる人がいると知り、改めて頑張ろうと思えた日
・・・グリーンウッドの香りと背中がじんじんする感触を初めて強く意識し、まったく制御と理解ができない胸の動きに戸惑った日

そして
なぜか岡崎先生に、長谷川さんとのやりとりや評価について何も問われなかった不思議だった日