『22才・・・麻痺・・・』


教科書で腕神経叢麻痺どんなものかを読んだ。
自分の手を見た。
グーパーをしてみた。

これが動かないのかもしれない
しかも右手
利き手が右なら
生活の中で不自由なことがたくさん出てくるだろう

食事で箸を使う
着替えで袖を通す
お風呂で髪を洗う
トイレでペーパーを千切る
スマホも片手で操作しづらい


もし、あたしが同じ状況になったら
どうなるんだろう?


「患者、もう来てるぞ。」


岡崎先生はいつもあたしに声をかける時
最初に、どこか間の抜けた声でまお・・って言う

けれども、今はそれがなかった


いつもの、どこかいい加減なところが滲み出ている岡崎先生じゃない


『行きます。』


あたしは、メモ帳と角度計をケーシー(半袖の白衣)のポケットに入れ立ち上がった。


腕神経叢麻痺
そのワードは聞いたことはあるけれど、実際に見たことはない

でもそういうのあたしだけじゃない
絵里奈だって呼吸器疾患の患者さんと向き合っている


だからあたしも
精一杯患者さんと向き合う


「長谷川くん。彼女がキミの担当になった神林です。」

『岐阜濃飛医療大学3年作業療法学科の神林真緒です。宜しくお願いします。』


はずだった・・・


「・・・・・・」


お辞儀をして頭を挙げてもなにも返答がない。

その患者さん・・・長谷川さんの
あたしのじっと見つめるその瞳には
まったくと言っていいほど力がなかった


しかも
今、唯一、なんとか頼りにしたい岡崎先生も何も言わない


冷ややかどころか氷つくような空気に
ろくに息もできないあたし

その空気を更に冷やしてしまったのは


「今日はもう・・戻っていいですか?」


患者さんの長谷川さんから発せられたその一言だった。