「発表は以上です。ご清聴ありがとうございました。」

「岡崎先生、ご発表ありがとうございました。それではここから質疑応答に移ります。フロア(聴衆席)のほうからご質問のある先生は挙手をお願いします。」


流れるように進んだ岡崎先生の発表が終了し、このセッションの司会進行をしている座長の先生が質疑応答を進めていく。

やはりこのセッションはハンドセラピイを専門としている作業療法士が多く参加しているらしく、絵里奈の発表を聞いた時と同様に、専門用語が飛び交い、理解しようとしてもなかなか理解できない。


そんな中、

「秋田医科大学医学部付属病院で作業療法士をしています木村と申します。貴重な発表ありがとうございます。早速ですが、今回のADL評価方法に対してエム・エー・オー・アセスメントという呼び名をお付けになっていらっしゃいますが、その由来は何かありますか?」

あたしも知りたかった質問をフロアにいる作業療法士がしてくれた。


英語文献をあんなにもたくさん読んでいる岡崎先生だもん
多分、小難しい英単語をすらすらっと言ってくれるんだろう

せめてメモしよう
アルファベットの綴りがわからなくても、カタカナでメモすればいい


「ご質問ありがとうございます。この呼び名ですが・・・。」


さっきまでの質問にはすらすらと応答していた岡崎先生がこの日初めて言葉を詰まらせた。
呼び名の英語が難しすぎて忘れちゃったのかな?


『・・・口籠るとか、珍しい・・・』

あたしはメモをしようとしていた研究会プログラム本から目を離し、彼を見た。
なんだか悩まし気な彼がそこにいて。


「岡崎先生?」

あまりにも長い彼の沈黙に、司会進行をしている座長の先生まで心配そうに彼に声をかけている。

「呼び名ですが・・・・」

また同じところで言葉を失った岡崎先生。
彼自身もこれではマズイと思ったのか、大きく深呼吸をして前を向いた。
そんな彼と目が合った。

演者台からあたしがいる場所までは、おそらく30mぐらいはあると思うから、あたしの気のせいかもしれない
でも、彼のまっすぐな瞳に、久しぶりに胸が疼くような痛みを感じる

このままここで倒れるわけにはいかない
彼がこれから説明するであろう呼び名についてメモを取ることでなんとかここに踏み留まるんだ


『メモ・・・』


あたしが自分の視線を彼から、手元の研究会プログラム本へ移した瞬間に聞こえてきた声。


「エムは・・・マオ・・・」

マオ・・?
確かに頭文字はエムだ


「エーは・・・アイシテル・・・」


アイシテル??
これも頭文字はエー
だけど、英語じゃないような・・・


「オーは・・・オーケーシテクダサイ・・・」


オーケーは英語だ
でもシテクダサイって・・・あれ?