だから、もう、諦める
あなたのことを好きってあなたに伝えることを
もう諦める


どうしても言えなかった “はい” の代わりに

『・・・・わかりました。』

その言葉に置き換えて。



それなのに、岡崎先生はズルい。


「・・・よくできました。合格ハンコ押してやるから、右手を出せ。」

『・・・合格ハンコ・・・ですか?』

「ま、そんなとこだな。」

『・・・右手・・ですね。』

「そ、早く。あ、ちゃんと目、閉じろよ。俺がいいって言うまで目、開けるなよ。」


合格ハンコは最後のフィードバックで頂きましたが・・と思いながら、言われるがまま目を閉じて右手を差し出した。

右の薬指に感じた硬い感触。

目を開けたくなったけれど、多分、目~開けるな!って怒られるから開けないままステイ。

『・・・・真・・緒・・・・またな。』


目を閉じているから、
気のせいかもしれないけれど
勘違いなのかもしれないけれど

彼の、寂しそうな想いが詰まっているような “真緒” と
別れの挨拶テンプレ要素100%なのに、こっちが期待したくなる “またな”

そう聞こえて仕方がない



そんな状況でどうしても我慢できなくて目を開けてしまったら

『そんな・・・・』

そこにはもう岡崎先生の姿はなかった。



その代わりに、あたしにもたらされたもの

それはただの合格ハンコなんかではなく
岡崎先生お手製と思われるスワンネック指変形矯正用デザインのスプリントという名の
世界でたったひとつの、あたしだけの合格ハンコ
だった


『スプリント・・・一緒に作るはずだったのに、あたしが倒れちゃったから、岡崎先生、作ってくださったんだ・・・』


今、あたしの右手薬指に嵌っているスプリント
それは米粒サイズの桜の花びら模様がプリントされた熱可塑性プラスチックで作られたもの

桜が好きなあたし。
その桜の花びら模様をそっと撫でると、スプリントの表面がきれいに磨かれているのを指先を通じて感じ、このスプリントが心を込めて丁寧に作られていることを改めて感じた。



あたしの大切な、彼との記憶を、指導者らしくこんな風に完結させたなんて
ズルいのに、愛しくてたまらない

そんな想いを抱かせるのは
岡崎先生、たったひとり


『スプリント、一緒に作りたかった・・・な・・・』

あたしは実習合格で嬉しい涙を流すはずだったこの実習の最後を、叶わない恋なのにきっと一生忘れられないと思えて苦しくてたまらないという哀しい涙で終えた。