バルコニーで大泣きした後のことはよく覚えていない


気がついたら部屋のベッドに寝ていた


重い目蓋をどうにかこじ開けて身体を起こす


壁の時計は六時を指している


こんな日は・・・なにもしたくない


けれど、働いて帰って来るお兄ちゃんに
何か食べるものを作ってあげなきゃいけない


その一心で立ち上がった


「胡桃」


リビングのソファにはお兄ちゃんが座っていた


「お兄ちゃん、おかえりなさい
ご飯作るね」


キッチンに入る私に


「胡桃、ご飯は良いから
此処に座れ」


お兄ちゃんから声がかかったけれど
今更なにも話すことはない

そのまま無視して冷蔵庫を開けた私の手が止められた


「胡桃」


「邪魔しないで」


「胡桃」


「私は何も話すことないから」


「このままで良いのか」


「良い」


勧めてみたかと思えば無理矢理離したり
お兄ちゃんのことがよく分からない

モヤモヤした気持ちが
今日の苦しさに重なって

また涙が溢れた


「胡桃」


子供みたいだ、私


家族を選んだ癖に

それを家族の所為にしようとしている


どこまでも狡い私は
頑なにお兄ちゃんの呼びかけを無視して


一人分の食事を作っただけで部屋に引き返した





ーーーーー翌日



お兄ちゃんが起きて来る前に
おにぎりだけをテーブルに乗せて
顔を合わせることを避けた


お兄ちゃんが出た後で
宮武さんを呼び出し荷物の発送をお願いした

冷蔵庫の物はクール便に詰め込んだから無駄になることはない

丁寧に部屋の掃除を済ませると鍵をかけて

それを宮武さんに預けた


駅まで歩くつもりだったけれど
桐悟さんに合わないように

地下駐車場までタクシーを呼んでもらった


「お兄様には」


「帰るまで内緒にしてくださいね」



恐ろしく腫れた顔のことを
触れずにいてくれた宮武さんに手を振って


西の街を後にした