「胡桃っ」



「お兄ちゃんお帰り〜」



夕方、大きな声とともにリビングへ入って来たお兄ちゃんは


牛若丸の頭を撫でている私を見て


「・・・あ、あぁ、ただいま」


そう言って脱力した


「どうしたの?」


「・・・ん、いや、なんでもない」


「そう?変なお兄ちゃ〜ん」


「着替えてくるから出掛けよう」


「外食っ?」


「あぁ」


「やったぁ〜」


お兄ちゃんはネクタイを緩めながらクスリと笑うと
キャリーバッグを持って出て行った


「・・・ハァ」


お兄ちゃんは何か言いたそうだった


でも・・・言わなかった

いや・・・もしか気付かれていないなら?


私の空元気は成功だ


アイシングのお陰で腫れなかった目蓋と
目薬も一役買ってくれたから目も赤くない



本当は四国に逃げ帰りたくて仕方ないけれど

また同じことを繰り返してしまいそうで諦めて


グズグズ泣いても出せなかった結論は先延ばしすることにした



「さぁ、行こう」



まだ明るい大通りを並んで歩きながら


「桐悟、留守だったらしいな」


桐悟さんの名前が出ただけなのに
簡単に肩が跳ねてしまった


「・・・何かあったか」


お兄ちゃんにバレないはずもなくて
避けては通れない話題に歩幅が狭くなった


「胡桃?」


「・・・うん」


「何かあったのか?」


「・・・ううん」


「穂高で嫌なことがあったのか?」


「ないよ」


「じゃあ、どうした」


足を止めたお兄ちゃんは肩に手を乗せて顔を覗き込んできた


せっかく頑張った空元気が台無しになるほど俯いてしまった


「なにもない」


「胡桃」


もう隠し通せる気がしない

でも、なにをどう話せば良いのかも分からなくて


結局



「・・・胡桃」


もどかしい想いは涙に変わった