ふたりは謎ときめいて始まりました。

12
「もうやだ、紐が切れない」

 ごしごしとパレットの角のとんがっているところで必死にこすり付けるミミ。突然手ごたえがなくなり、勢いがついて後ろに倒れそうになった。

 辺りも急に明るくなり、窓から光が入り一瞬で昼になったようだ。倉庫の中はまだ何も荷物がはいってなくて、真新しい。

 だたっ広い空間にポツンと手足を縛られてミミは座っていた。開いていたはずの倉庫のドアも閉まっている。

「さっきと違う……でもなぜ?」

 その時、ゆっくりと扉が横に引かれて光が中に差し込んだ。逆光でシルエットしか見えない姿が現れ、それが自分のところへ近づいてくる。

 やがてその姿がはっきりと見えたとき、ミミは驚いた。

「あっ、駅の構内で私に声を掛けたあの時のお爺さん!」

「さて、本当にお爺さんでしょうか?」

 ロクは首元に手をかけてマスクをはがす。

「えっ! ロクなの? 何その、ルパン三世みたいな演出は」

 ロクは縛られていた紐を解いてやる。

「あっ、ここひっぱったら簡単に解けるようになってる」

「えっ、そうなの。もうなんなのよ。でもロクが来てくれてよかった!」

 手足が自由になったミミはロクに抱きつく。しゃがんでいたロクはふらついて床に手をついた。

「助けに来てくれてありがとう。でも一体どうなっているの? どうしてロクがあの時に出会ったお爺さんの格好をしてるわけ?」

「それはだな、話せばすっごく長いぞ」

「そんなのずっとずっと聞くわよ。たとえ歳を取っておばあさんになったとしても」

「そうだな。じゃあ、俺も一緒におじいさんになるよ」

 ロクはミミの手を取り、一緒に立ち上がる。

 ミミを支えながらゆっくりと歩き、倉庫の外へ出て行った。潮風が冷たく頬にかかり、ミミは体を竦めた。ロクは着ていたジャケットをミミの肩に被せた。

「懐中時計をもっているかい?」

 ロクは尋ねる。

「ええ、持ってるわ」

ポシェットから、それを取り出し蓋を開け、中を一緒に見た。

時間は六時を差しているが、秒針が動いてない。

「あれ、止まってる。壊れたのかな」

ミミは軽く振った。

「この時計が次動くのは、俺たちが歳を取ったときだ。それまで大切に持っていて」

「なんだかよくわからないけど、一体何が起こっているの? とにかくちゃんと説明してよ」

 ミミはうすうすタイムトリップしたことを感じていても、ロクが説明すればびっくりするに違いない。

 すでにふたりは未来の自分たちの姿を見て、息子と孫にまで会っている。それが意味することは――。

「なあ、ミミ」

「何?」

「結婚しようか」

「えっー! 急に何、何」

 ミミは驚きすぎて喘いでいた。

 ロクはそんな事もお構いなしに話を続けた。

「それでだな、ミミは二○二五年にタイムスリップしてだな……」

「ええ、嘘! ええ!」

 ミミの驚きは、当分収まりそうもなく、ギャーギャーとうるさい。

「落ち着け、ミミ」

 ロクは静かにさせるために、ミミの口を自分の口で塞いだ。

 ミミの息は止まり、顔が真っ赤になった。静かになったところでロクがゆっくり離れると、ミミは力抜けてくにゃっと倒れこむ。

 ロクは慌てて支えたが、ミミの目の焦点が合わず放心していた。

「あわわわわ」

「おい、ミミしっかりしろ。ミミ!」

 ロクの慌てて叫ぶ声に混じり、数羽のカモメが暢気に鳴いて風を切るように澄み渡った青い空を自由に飛んでいった。海の水面がいつまでもキラキラと輝き、遠くで荷物を運ぶコンテナ船が海に浮かんでゆったり進んでいる。

 やがて顔を見合わせふたりは笑い出す。

 潮風が冷たくひんやりとする中で、ロクとミミは熱くお互いを見つめ合っていた。