ふたりは謎ときめいて始まりました。

10


「私も、本当の事を話されたときは半信半疑でした。でもこの日が来て確信に変わりました。若い頃のお父さん!」

 海禄はロクの肩にぽんと手を乗せた。

「はぁ? 俺が海禄さんの父親? それで斉須ヒフミが俺で、九重さんが、ミミ? 嘘だろ」

「嘘じゃありません。あなたは過去に行かないとミミに会えないんです。もしここに留まったままでいると、私も今、ここにいないでしょうし、海禄も消えてしまいます」

「それって、俺とミミは」

「だから言っただろ、身も心もミミに捧げられるかって」

 斉須が笑っていた。

「これをみて下さい」

 九重がハンドバッグから金の懐中時計を取り出した。かつてロクがそれについて詳しく見たかったものだ。

「この懐中時計は今は止まってます。でもこれが再び動き出すとき、タイムトリップが始まるのです。この時代から消えた若いミミも今、これを持っているはずです」

「それがこの状況を生み出している……といいたいんですね」

「そうです。この時計は決まった時間に閉じ込められて何度もループしているのです。なぜそのような現象が起こるのか色々と考えましたが、どうしても魔法としか考えられませんでした。ただ、不思議なことにこの時計は私たちにはとても縁があるものがかかわっているのは分かりました」

 九重は懐中時計の蓋を開けた。丸いそれは普通の時計と変わりないものだが、文字盤に記されている数字は、三、六、九の部分だけだった。

「この数字は」

 ロクが気がついた。

「そうです。九重ミミの名前には数字の三と九、ロクには六が関わっています。ミミは過去から未来、そして未来から過去へ二度タイムスリップします。ロクは一度だけ」

「じゃあ、俺は過去へ行くと、この現在には戻ってこれないってことか」

「大丈夫だ。戻ってきている。但し、歳を取ってだが。過去はそんなに悪くなかったぞ。ちょうどバブル前の一九八〇年、予め知っているといろいろと役立つことも多かった」

「だから、斉須ヒフミは名探偵と有名だったのは、予め事件の真相を知っていたということになる」

「そうだ。中には忘れていたのもあって苦労したが、なんとか切り抜けた」

「それって、もう俺は過去に戻るって決まっているんじゃ」

「それはなぜだか自分でよくわかっているくせに。まあ、その時が来るまで逸見ロクには今からみっちりと勉強してもらわねばならない」

 斉須ヒフミはカウンターに戻り、中からノートを数冊だしてきた。それをロクに渡した。

「これは?」

「それは、俺が関わった事件の記録と新聞のスクラップだ。これを今から丸暗記しろ」

「はあ?」

 ロクはパラパラとめくった。かなりの情報だ。

「これを持っていけばいいだけじゃないか」

「そうは行かん。懐中時計は時間の中に閉じ込められた永久的な存在だ。だが、ノートは違う。これは俺とミミが作ったものだ。お前も過去に行ってノートに記録を書き上げ、俺のようにいつか若いときの自分に見せるのだ。言っておくが、俺はかつてのお前だったんだぞ」

 ロクは困惑する。だが、海禄が微笑んでいるのを見て、そこに久太郎の面影を感じた。それは自分の孫ということになる。久太郎のあの素直で優しい姿を思い出し、ロクはミミとの運命的なこの状況を受けいれたくなってくる。

「分かりました。これを全て頭にいれます。そしてミミに会いにいきます」

「ええ、ちゃんと過去で私は待っているわ。だって、私はあなたを見たときすでに一目惚れだったのよ。今でも大好き」

 九重はロクを見つめた。

「おい、ミミ、そっちじゃなくて、俺の方を見て言え」

 斉須ヒフミが慌てた。

「でもやっぱり、ロクは若いときかっこよかったわ。だからまた若いあなたに会えた時、とても感動したの」

「それは俺もそうだ。若いミミを見たとき、心が再びときめいたよ。俺たちあんな感じだったんだなって。ペアルックをしてケーキを食べている姿を見てもだえたくらいだ」

ロクはこの時、全てがこのふたりによって計画されていたことだと気がつく。

「そっか、久太郎の消しゴム事件も、あんたたちの仕業か」

「だって真相を知っていたんですもの。楽しまなくっちゃ」

 九重は説明する。

 あの日、久太郎と楓と道端であって消えた消しゴムの話をしていたとき、久太郎はお祖母ちゃんと会う約束をしていると言っていた。それが九重だ。

 九重は久太郎と楓を一緒にこの喫茶店に連れてきた。そこで真相を知っていた斉須ヒフミも一枚噛んで、わざと楓に水をこぼした。その時九重が楓の制服の上着を脱がし、水を拭きながらポケットの消しゴムを抜き取ったということだった。

 楓もまさか久太郎の祖母がそれにかかわっているとは思わず、何も疑問に思っていなかったことで、そこでなくしたとは考えられなかった。

 そして斉須ヒフミが学校に忍び込んで久太郎の机の中に消しゴムを入れた。あとは、海禄が消しゴムを拾ったと嘘をついて参観日に来たときに久太郎に渡した。

「これって、自作自演になるのかしら?」

 九重はいった。

「違うよ、壮大な時を越えてのマジックさ」

 斉須ヒフミが答える。

 予め用意されたマンションの一部屋。ロクを探偵に持っていくために誘導した九重。じっと若い頃の自分を見守っていた斉須ヒフミ。ミミの記憶が曖昧だということもタイムスリップしたことで、未来に戸惑っていることをカムフラージュするためだ。ペアの服もそうだ。あれが謎を解決する鍵だった。斉須ヒフミも九重もすでに分かっていたからそう仕向けた。

「ミミはタイムスリップしたことにいつ気がついたんだ」

 ロクは九重に訊いた。

「そうね、うすうす、なんか変だとは常に思ってたんだけど、日付と曜日は一九八〇年と一致してたし、ただここが都会だからと思うとそれはそういうものだって常に思い込んでいたの。だけど、中井戸さんのギフトカードにお金が入っていることや、コンビニで買い物したとき、賞味期限の二十五という数字に違和感を持ったわ。だって昭和だと五十五にならないとおかしいから。それで一万円札を出したら、店員の女の子が困惑したの。隣のレジでも一万円札出してたんだけど、それ聖徳太子じゃなかったの。そこで初めておかしいって思った。瀬戸さんのデジカメも、写してすぐに見られることもびっくりだったわ。だけど、タイムスリップって信じるのが難しかったわ。そのあとの事は過去に行ったときにわかるでしょう」

 九重は斉須ヒフミをみて笑っていた。

「俺はいつミミに会いにいけるのですか?」

「今から三日後だ」

 斉須ヒフミが言った。

「時間がそんなに残されてない」

ロクはノートを見て焦り出した。

「そうだ、それまでにしっかり勉強しろ」

 斉須ヒフミは自分だと分かっていても、上から目線で命令されるとうるさい。

 しかしいずれ自分もそういうときが来るのだ。今のロクは年老いたロクからみるともどかしさがある未熟者なのだろう。

 ロクはノートをしっかり抱える。ミミのために斉須ヒフミになってやろうじゃないか。

「必要なものは全てこの中に入っている」

 斉須ヒフミから紙袋を受けとった。中を見れば老人のゴムマスクがはいっている。

「いいか、三日後の朝九時、駅の構内へ向かえ。そこで変装してタイムスリップ前のミミに会うんだ。そして探偵が待っているからと言って地図と懐中時計を渡せばいい。その時点でお前は過去に行っている。ミミに渡された懐中時計はまた未来へと導く」

「そのあと、俺はどうすれば」

「どうすればいいかぐらいもうわかるだろう」

 斉須ヒフミは微笑んだ。

 九重が封筒を差し出す。ロクはそれを受け取り中を確認する。そこには聖徳太子のお札が多数入っていた。

「昭和五十五年に使えるお札を出来るだけ用意したわ。あなたは身分を証明するものが何もなくなる。不利な立場になるかもしれない。だけど、あなたはお金を稼ぐことをよく知っているわ」

「ありがとうございます」

 目の前の年老いたミミとロク。ふたりは寄り添いこれから旅立つロクを優しく見つめた。