「どうしたの?なにかあった?」

抱きしめられたまま、耳の奥に響く律さんの声。

目を閉じたら、暗い目の奥にゆるく灯りがともったみたいで、その灯りを目指せば明るい場所に戻れる気がした。

話し出すためにひとつ、深呼吸をする。

黒い塊で満たされていた肺が、やっと呼吸をはじめる。

「…さっき、あのひとを、見かけて…」

途切れ途切れの、恐怖が張り付いた私の言葉を聞いた律さんは、瞬時に体を離して私の顔を見つめた。

「あのひとって、前の結婚してたひと?」

顎先を沈めるように、頷いた私を見た律さん。

「あなたに会いに来たの?」

「…いえ、向こうは気が付いていないみたいだったので…」

…でも、あのひとを見かけた途端、ただただ怖くて…