「殿下、婚約破棄のお話お受けします。これ以上、話すこともありませんので失礼いたしますわ」

 クリスティーナは冷めた目で殿下を睨んだ後、今までのことは何もなかったような、全て吹っ切れたような、気高い顔をしていた。

 対照的に、すべてを一瞬で失った殿下の顔は蒼白だ。

 私にはもうなにを言っても無駄だと理解したのか、クリスティーナに手を伸ばし、(すが)りつこうとする。

 その姿はなんとも惨めであり、先ほどまで満ち溢れていた自信はどこにもない。

 こうなると、身分など関係なく、哀れだ。

「……はぁ」

 クリスティーナの盛大なため息に私は思わず、吹き出しそうになる。

 自分の愛した人はこんな人だったのか。そんな言葉が、はっきりとクリスティーナの顔には書いてある。

「あ、いや、その……待ってくれ。クリスティーナ。これは、違うんだ」

「なにが違う言うのですか、殿下」

「だ、だからこれは、なにかの間違いなんだ」

 間違い。間違いでいちいち婚約破棄されたら、たまったものではないなぁ。

 ああ、でも私への思いを勘違いしていたというのなら、話は分からなくもない。

 分からなくもないが、クリスティーナにした仕打ちは、変わらないのだけどね。

「殿下ともあろうお方が、一度口にした言葉が元には戻らないことを知らないわけではありませんよね」

「ああ、いや……そう……なんだが……」

「あー待って下さい、クリスティーナ様。私も話が終わったので一緒に帰りまーす。じゃ、アレンさま、お疲れ様でしたー」

「……貴女という人は……勝手にしなさい」

「はーい。勝手にしまーす」

 クリスティーナの後に私も続く。

 うん。言いたいことも言えたし、なんだかスッキリだ。

「二人とも待ってくれ、俺は……俺は……」

「あ、アレンさまぁ、現王妃の領地療養の口添えの件、お願いできると、アンジェリカとてもうれしいです!」

「貴女、貴女のそういうことろが、誤解を招くのだと思いますわよ」

「えー、でもクリスティーナさま、世の中あざとく生きないと、もったいないじゃないですか。アンジェリカ思うのですが、目的の為なら、使えるものは何でも使うべきだと思うんですょー」

「……まぁ、そういう合理的な考えは嫌いではないわ」

「わーい。ありがとうございます」

 クリスティーナの呆れたような笑顔を見ていると、胸のつかえが少し軽くなる気がした。

 悪役令嬢とヒロインなんて関係ではなく、彼女となら対等な関係を築いていけそうだから。