幼い頃の夢は、絵本に出てくるような白馬に乗った王子様が迎えに来てくれて、幸せになることだった。

 金色の髪に青い瞳。すらっとした体格に、高身長。にっこりと笑う顔が素敵で、会うたびに胸がときめく。

 しかしそれが、絵本の中の世界でしなかいと分かった時、やっぱり普通が一番と思うようになっていた。



 今日こそは、殿下にお願い事を聞いてもらおう。そう心に決めて、私はやや早足で歩き出した。

 殿下と会えるのは、貴族が通うこの学園の中だけ。

 とはいえ元々、殿下のような方には、子爵令嬢という低い身分の私が近づけるような人ではないのだ。

 時間とタイミング。殿下の行動を把握している私は、この時間なら、おそらく生徒会室だろうと当たりをつける。

 大きな噴水が中央にある中庭を抜け、校舎の中に入ろうとした時、上から水が降ってきた。もちろん雨ではない。

 そんなことに気づくわけもない私は、そのまま水浸しになる。

 クスクスと、笑う声が聞こえ見上げると花瓶を持った生徒たちと目が合った。

「なにこれ、つめたい。最低ー」

「あら、ごめんあそばせ。まさか、そんなとこに人がいるなんて思ってもみなくて。花瓶の水を交換しようして、捨てていたとこだったのですわ」

「やだ、ちょうどキレイになって、良かったのではないんですの?」

 水をわざとかけておいて、一体何なの。どういう神経してるのよ。親の顔が見てみたいわ。

 言い返したい言葉と気持ちを、ぐっと押さえ付ける。この手の人たちは言い返したところで、余計に付け上がられるだけだ。

 悪質ないじめには、無視が一番いい。それに、これはただの水。雑巾をしぼったバケツの水よりは、まだマシだと思おう。

 そこまできて、私はふと考えた。

 どうして私は、そんなこと知っているのだろう。こんな風に誰かから嫌がらせをされるのは、これ初めてであったっはず。

 だいたい、バケツって何なの。なんなのと思うのに、頭の中には青く円柱のモノがくっきりと思い浮かんでいる。

 そしてこんな、誰かが水をかけられるといった光景を、どこかで見たことがあるような気がした。

 でもいつ、どこで、だろうか。

 されたことは初めてだというのに、見たことがあるなんて、なんともおかしな感じだ。

 何かとても大事なことを忘れてしまっているようで、モヤモヤしたものが頭をかすめて行く。

 なんだかそれが、水をかけられたコトよりもずっと、自分の中では気持ちが悪い。

「ん-……」

 片手でこめかみを押さえ、下を向くと、私が頭を抱え込んで困っていると思い込んだのか、上からは更に歓喜の声が上がる。

 さすがにたち悪すぎじゃないかとも思うのだが、今の私にはそれもどうでも良かった。