みーくんと恋人になって初めての朝。
昨日とは違う、新しい朝。
新しい時代。
恋人になって変わってしまったのは私だけ。
なのに、世界が私に合わせて変化したような気分に陥る。
張り切って午前4時に起きたからかもしれない。
辺りは一段と真っ暗だ。
空の青色が一切見えない。
興奮して眠れなかったからかもしれない。
昨日のテンションを引き継いでいる。
時計の針が動く。
日付が増える。
水滴が落ちる音。
テレビをつけると飛び込んでくる「人気アイドルにスキャンダルが発覚」の文字。
冷蔵庫を開けると臭ってくる食べ損ねたキュウリ。
また一歳年を重ねるお母さん。
世の中は変化に満ち溢れている。
私も世界と共に変化した。
今日の私は、昨日の私とは違う。
岸野家でいつものようにご飯を作る。
お弁当。
みーくんがリクエストをくれた。
みーくんは真面目に言ったのかどうかわからないけど。
それでも、できることなら叶えてあげたい。
私はひたすらご飯を炊いて、おにぎりを握り続ける。
朝ごはんが出来たタイミングで、みーくんたちを起こすのにちょうどいい時間になった。
私は階段を上り、みーくんたちの部屋をノック。
「みーくん、まーくん、起きて―」
私が叫ぶと、まーくんがドアから出てくる。
「おはよー、ねここちゃん」
まーくんは目をこすりながら言った。
今日は裸で寝ていない。
偉い。
えっと、みーくんは?
みーくんの姿が見当たらない。
「みーくんはまだ寝てるの?」
すると、まーくんは欠伸をしながら言う。
「あれー?聞いてない?兄貴、昨夜友達んとこで泊ってるよ」
「ほえー、ほんと?」
「昨日、帰ってすぐに飛び出して行ったよ」
私と一緒に帰った、あの後のことかな。
明日一緒に行こって言ったんだから、友達んちで泊るなら、私に言ってくれたらよかったのに。
「そうなんだ......」
かなり残念だった。
今日も一緒に登校できると思ってたのに―。
まーくんは洗顔を終えると、自分の席に座って「いただきます」する。
まーくんは私の作った料理を次々に口へ運ぶ。
「ん-、今日もおいしいね」
まーくんは誉めてくれた。
「ありがとう」
ふと、まーくんの隣の席を見る。
空席だ。
みーくんの指定位置。
私はキッチンに置いたみーくんの分のご飯に目をやった。
ため息が出る。
「みーくんの分の朝ごはんも作っちゃったよ」
みーくんのために作ったのに。
恋人になって初めて作った朝ご飯。
食べてほしかったなぁ。
それに、このまま捨てちゃうなんてもったいないよ。
そんなことを思っていると、まーくんが申し出る。
「ねここちゃん、兄貴の分僕が食べるよ」
今、とっても言ってほしかった言葉だった。
捨てるくらいなら、誰かに食べてほしい。
「うん、そうしてくれると助かるよ」
まーくんは私からみーくんのために作った料理を受け取ると、箸をつけずじーっと覗き込む。
どうしたんだろう?
「あのさ、ねここちゃん」
「なに?」
「どうして、兄貴のフライの上ハートマークなの?」
みーくんの分は、白身フライに乗せたタルタルソースがハートマークになっている。
無駄に時間を消費したけど、どうしてもみーくんに食べてもらいたかった。
「もしかして、兄貴へのラブメッセージ?」
流石に、ばればれだった。
「まーくんには隠せないかな。私、みーくんと昨日付き合ったんだ」
「そ、そうなんだ」
私が付き合ったことを伝えると、まーくんは動揺している様子だ。
流石にこの二人が付き合うなんて思わなかったという顔だ。
「兄貴はあの事言ったんだ」
まーくんは聞いてきた。
あの事ってなんだろう。
「あの事?」
「もしかして、何も聞かされてないの?」
「う、うん」
まーくんは何か隠し事をしている様子。
そういえば、昨日のみーくんも何か隠し事をしていた気がする。
その隠し事が理由で、誰とも付き合うつもりはないって言ってた気がする。
あれっ?
それって、結構重大なことじゃない?
結局曖昧にしたまま、私とみーくんは恋人になったけれど。
私結局、その隠し事が何か知らない。
私はおそるおそる、まーくんに聞いてみることにする。
「ねえまーくん。みーくんが何を隠してるか知ってる?」
私がそういうと、まーくんは明らかな動揺をみせる。
「ううん、なんにもないよ」
まーくんはそう言った。
多分嘘だ。
でも、まーくんはそのことを自分の口から言うのを嫌がってる感じがした。
みーくんの隠し事をまーくんに聞くのも、ちょっとずるい気がしなくもない。
みーくんが自分から言いたくなるのを待った方がよさそうだ。
幼馴染をずっとしてきた私にも言えないことって相当隠しておきたい秘密なんだと思う。
それを知りたければ、もっとみーくんと親密な関係になるしかなさそうだ。
よーし、頑張るぞー。
そんなことを考えていると、まーくんが俯いて私に呟く。
「僕はさ、本当はねここちゃんのこと好きだったんだよ」
「わた......」
私も好きだよと言いかけて、やめた。
まーくんがいう好きは幼馴染として好きというのとは、また違うような気がした。
「好きって恋してるってこと?」
私ははっきりさせるために聞いた。
「うん、ねここちゃんに恋してる」
まーくんがそう言った瞬間、どう声をかけていいのかわからなくなった。
私はそんなこと知らずに、みーくんと付き合ったことをまーくんに言ってしまった。
まーくんは今、私に振られてきっとすごく胸が張り裂けそうになってるんだと思う。
私ならきっとそうなる。
「ごめん、ねここちゃんを困らせちゃった」
まーくんは笑みを作って言った。
私が何も言えないでいると、まーくんは続けて話す。
「僕が小学校でいじめられていた時、ねここちゃんは庇ってくれたし。そのせいでねここちゃんまでいじめられるようになっちゃって」
「ごめんね、あの時、結局いじめをやめさせることできなかったよね......」
「ううん、その時ねここちゃんが庇ってくれて嬉しかった。か弱い女の子が一人僕のために強い子たちに立ち向かう。それがカッコよくて憧れた。そして、僕はねここちゃんが好きになった」
まーくんは私に近づき私を抱きしめる。
私は抵抗しなかった。
今のまーくんの気持ち、私わかるから。
きっと、昨日私はみーくんに振られていたらそうしていたから。
「ごめん、私まーくんの気持ちぜんぜん気付けなかった。私一人っ子だったから、幼馴染のまーくんが弟のように思えて。まーくんが意地悪されてるのみて、いても経ってもいられなかったんだよ」
「うん、知ってた。ねここちゃんがその頃から今まで、ずっと僕の事を『弟』のように見ていたって。僕の前では強気な『姉』でいようとしていたことも。本当は、ねここちゃんが兄貴のこと好きだったことも知ってた」
「ごめんね」
「謝らないでいいよ」
まーくんが湿った雰囲気を壊すように、テンション上げて話す。
「もし、兄貴が意地悪してきたら僕に言ってね。僕がやっつけてあげるから」
「あはは」
「兄貴がもし何か打ち明けることがあったとしても、拒絶せず、受け入れてあげてほしい」
「うん、もちろんだよ」
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ねここと磨雄は通学路を歩く。
二人は表面上会話をしているが、裏では互いに別のことを考えていた。
(兄貴、あれほどねここちゃんを避けようとしていたのに、一体どういう風の吹き回しなんだ)
磨雄は一昨日の昼、磨手と話したことを思していた。
磨雄は磨手がねここを大切に思っていることも知っていたし、磨手が抱えている問題のことも知っていた。
そして、磨手はその問題があるが故、ねここと一緒にいることを拒んでいたことも。
それが、昨日今日で、恋人同士になっているのが不思議に思った。
(兄貴は偏執的で頑固なところがあるから、どうして気が変わったのか不思議なんだよね)
(ああ、それにしても失恋しちゃった。なんのためにバスケ頑張って、カレーパフェ食べさせたかったのやら。僕恥ずかし)
磨雄はため息を吐く。
こういう時、普通はもっと胸が苦しくなるものだが、磨雄はむしろ清々しいくらいだった。
(まあ、それがあるべき形だよね)
磨雄は自分を納得させた。
そして、自分の頬を叩く。
(よしっ、切り替えるぞ)
磨雄はポケットから連絡先を取り出す。
昨日、ちゃっかり女の子から貰っていた連絡先。
そこには一人の女の子の名前と連絡先IDが書かれている。
(伊藤さんだっけか。どこか雰囲気にS気があって、ねここちゃんとは違ったよさがあったなぁ)
磨雄はねここの姿を見る。
ねここは小柄でかわいらしい。そう磨雄は思った。
それと同時にこんなことを考えた。
(ねここちゃんには、鞭やハイヒールは似合わないんだよな)
己の性癖や理想とねここのステータスを見比べ、次の瞬間には連絡先IDを登録していた。
こうして磨雄はねここへの想いを乗り越えることに成功した。

