私は幼馴染の双子の兄の方が好きなんです




辺りがすっかり暗くなった帰路。

電灯も乏しい暗い住宅街を、私とみーくん並んで二人、歩いていた。

私がみーくんに寄り添う形で。


みーくんは、私の彼氏だ。

今まで以上にベッタリするんだから。


カラスがガァァアアアって鳴いている。

近くの民家から色んな食卓の匂いが漂ってくる。


「ねえねえ、みーくん。佐藤さん家カレーライスだよ」

「あ、そ」

「田中さん家はバーベキューみたい」

「ふーん」

「井川さん家はきっとオムライスだね」

「そ」


私は匂いから晩御飯を当てるゲームをしていた。

ほぼ喋っているのは私一人。

恋人になった初日で、会話なく一日が終わるのが嫌で耐えられなかった。


みーくんは黙り込んでいる。

照れているんじゃない。

興味がないって感じだ。




恋人になった初めての帰路で最初に喋った意味のある言葉は、私への命令だった。


「なあ、ねここ。明日弁当作れ」


昨日は友達一緒に食べるからもう作らなくていいと言って、今日はお弁当作れって言うのは流石に無茶苦茶だと思った。

恋人開幕のこの発言。配慮や優しさを一切失ったというか。

でも、恋人になったんだから、当然だよね。

私はそう思うことにする。



「うん......一緒に食べてくれるんだね。リクエストとかあるかな?」

一緒に食べてくれるんだ。

それだけで私は満足できる。



食べたいものも聞いちゃった。



「おにぎりを重箱に可能な限り詰める。もちろん中身は全部違う具」

みーくんは考えることなくすぐ答えた。

ああ、そうやってまた揶揄うんだ。



「そんなの無茶だよー」

「じゃあ食べない」

みーくんの顔は真顔で、冗談で言ってるように聞こえなかった。



「わ、わかったよー。作るからちゃんと食べてね」




暫く沈黙が続く。

流石に私もずっと一人で喋り続けることはできない。

今、みーくんが何を考えているのかわからなくて怖い。

つまらない私の喋りに退屈しているんじゃないか。

もしかすると、嫌われてしまったんじゃないか。

そんな不安が押し寄せる。



だから、私は直接聞くことにする。

少しでもみーくんを理解するために。

幼馴染でみーくんのことを理解してるつもりだった私を嘲笑いたくなる。

恋人になってからみーくんのことが分からなくなった。




「あのさ......」

「どうした?」

「私たち、本当に恋人同士なんだよね?」


何度も何度もしつこいかもしれないけど、みーくんに肯定してもらえるたびに実は付き合っていないんじゃないかという不安が和らぐ。


「ああ」

「なんだか実感がなくって」

「恋人なんてそういうもんだろ」


恋人になるって、そういうもんなのかな。


「そ、そうなのかな......私、誰かの恋人になるの初めてで」

「あ、そう」


心にガラスが突き刺さったような痛みが走る。

初めての恋人であることを伝えて、そんなあっさりと流されたのがつらかった。

みーくんに取っては、初めての恋人って特別な存在じゃないの?

初めての恋人を特別に思ってるのは私だけなのかな。



「うん、そうなんだ」

私は笑顔で言った。

やっぱり私は恋人である実感を掴めない。



また暫くして、どうしても恋人らしいことがしたくなった。

キスとか。キスとか。キスとか。

みーくんがそっけなさすぎて、形を求めたくなる。

そんな私はスケベと罵られてもいい。



「恋人ってキスとかするものなのかな...」

私はワザとらしく言ってみた。

すると、みーくんは私の方をじっと見る。



「したいのか?」

そう言ったみーくんの瞳には感情がなかった。

そっけない口調。

もっと蠱惑的な雰囲気は出せなかったのだろうか。


妄想では、脳がトロけて理性を忘れるくらい無心でラブラブできたのに。

現実では、必要以上に脳が回転して、私の中に「今キスしたくない」という選択肢が出てきてしまった。


「わからない」

私は曖昧な回答をしてしまった。



「どっちだよ」

みーくんは鼻で笑った。

ちょっと悔しかった。



遠回しにキスをしたいと伝えるのはやめる。

私はお願いすることにした。


「やっぱりキスしていい?」

「断る」

みーくんは即答だった。

恋人同士になったと言っても初日。

キスを求めるのは早かったのかもしれない。


「え、どうして?」

「ニンニクラーメン食ったから。初キス、ニンニクの味するけどいいのか?」

「それはやだ」



ニンニクラーメンを食べたなんて嘘。

学食にはニンニクラーメンなんてないし、私が生徒指導室でお説教されてる間に食べられるものでもない。

分かりやすい嘘だ。

そんな嘘、すぐばれるとみーくんだって分かって言っているはず。



私とキスがしたくない。

それと同時に、私に「キスしたいなんてメンドクサイこと言うな」っていうメッセージを送った。

私はそう捉えた。



でも、私もいきなりキスを求めたのはよくなった。

性急な行為だったかもしれない。



じゃあ、せめて......


「じゃあ、せめて手を繋いでいい?」

「断る」


どうしてーー。

ただ手をつなぐだけなのに。


理由を求める前に、みーくんが答える。

「手汗がきもいから」


私は自分の手のひらを確認する。

確かにちょっと粘っこい?かも。

いや、でも、いつも通りといえばいつも通りとも思える。

別に普通なんじゃない?


てか、酷いよーー



「ひどいよう。緊張してるから手汗くらい出るもん」

「また今度な」


みーくんは欠伸しながら答えた。



今度っていつ?

明日とか、明後日とか、具体的に言ってほしい。

毎日会えて、1秒でできる簡単なことなのに、あえてそこを未定にするのはどうしてなの?


わからないよ。

急にみーくんのことがわからなくなったよう。



私が頭を抱えていると、みーくんが尋ねてくる。


「明日も起こしに来るのか?」


もちろんそのつもりだ。

「うん」

「ああ、そう」

「明日も一緒に学校行こうね。恋人になって初めてだから一緒に登校しようね」

「ああ」


私は明日も一緒に登校する約束をした。


明日には私の知ってるみーくんに戻ってるかな?


今日は、たまたまみーくんの調子が悪かっただけかもしれない。

恋人になって、みーくんもどうしていいのかわからなかった可能性がある。

だから、不本意なことを言ってしまったりしたのかも。


私も思い返せば、私らしくない発言も少ししてしまってた気がするし。




話している間にお互いの家の前に到着する。



「じゃあね」


軽く手を挙げながら岸野家に入っていくみーくんを見送り、私は玄関をくぐる。


よし、明日から気合引き締めて、もっと恋人らしいふるまいをしよう。