昼のチャイムがなったらすぐ、みーくんは昨日言っていたように友達と一緒に食堂へ出て行ってしまった。
私は机の横のカバンに手をツッコみ、弁当箱を二つ取り出す。
一つは私の分、もう一つはまーくんの分だ。
今日はまーくんと二人で食べるためにお弁当を作ってきたんだけど......。
今そんなことをすれば、もっと酷い目に遭わされる気がした。
まーくんには悪いけど、今日は一人で食べることにする。
まーくんは私が作ってくると思い込んで、今も隣のクラスで待っているに違いない。
私は隣の教室をくぐって、まーくんの姿を見つける。
「ごめん、まーくん。今日は私友達と食べるから、一緒に食べれない」
私がお弁当を一つ突き出すと、まーくんはそれを受け取る。
「うん、わかったよ」
まーくんはちょっと悲し気に言った。
「ごめんね」
私はそういって、教室を後にした。
私は弥生ちゃんとお弁当を食べようと思ったけど、いなかった。
黒花ちゃんも、いなかった。
もしかすると二人で食堂にでも行ったのかもしれない。
仕方がないので、私はお昼を一人で食べることにした。
6限目の化学の授業は実験だった。
実験は化学実験室という別校舎の教室で行われる。
そうクラス委員の伊藤さんが言うと、目的地へ大移動を始める。
私も教科書とノートを持って教室を出る。
「葵さん、待ちなさい」
......。
伊藤さんに呼び止められた。
私、あれからみーくんやまーくんとあまり話してないのに。
どうして、私を呼び止めるの......
すると、伊藤さんは顔を近づけて、耳打ちする。
「内田さんに気をつけなさい」
どういうこと?
これは忠告なのだろうか。
もしかして、私に悪戯をしている犯人が内田さんなの?
私の疑問を理解した伊藤さんは、軽くうなずき、目を通して如何にもと答える。
あの後伊藤さんは、私のために犯人を突き止めてくれたのだろうか。
もしかすると、伊藤さんは正義感のあるいい人なのかもしれない。
年のはじめにクラス委員長に推薦されたのも、そういう人間性が周りに評価されたからかもしれない。
そんなことを考えてると、伊藤さんは苛立った様子で口を開く。
「早く出て行ってくれる? 私クラス委員だからカギ閉めないといけないの」
「ごめんなさい」
授業の最初に班分けが行われた。
出席番号順の五人班だ。
「葵」は勿論出席番号一番の一班。
メンバーには例の伊藤さん、内田さんがいる。
やだぁああああ。
どうして、二人ともあ行 なのー。
その場にいるだけでヒシヒシとHPを削られていく気がした。
「磨手くん、どうして二班なの。それに、こんな女と一緒の班なんて嫌」
内田さんが私に聞こえるように小言を言った。
私もそれと全く同じ言葉をそのまま返したいよ。
でも、そんなこと言えない。
授業が始まり、指定の白衣を羽織り着席する。
試験管やらビーカーやらが机の上に用意されており、薬品がすでに入っている。
それを実際に操作する前に、ビデオを見せられた。
ビデオの内容は器具の使い方や注意事項と、前回の授業で板書したこととほとんど同じ内容だった。
内田さんはビデオに興味がないといった感じで欠伸をする。
そして、私の横に座る伊藤さんに小声で絡む。
「ねえ伊藤さん、あなたは磨雄君が好きなんだって」
「内田さん、授業に集中したいの。話しかけないで」
「ねえ知ってる? 今日もその子磨雄君にお弁当渡してたよ」
ほんの一瞬で渡して立ち去ったのに、内田さんに見られてたんだ。
どうしよう、伊藤さん怒るかな?
私は伊藤さんの顔を伺う。
伊藤さんは内田さんの声が届いてないように無視をする。
「その女、昨日磨雄君と一緒に放課後デートしてたらしいよ」
内田さんは伊藤さんを煽る。
しかし、完全に無視されている。
内田さんはいらいらして貧乏ゆすりをし始める。
ガガガガガタガタ。
試験管のガラスが振動する音とともに、薬品が跳ねる。
このままでは、薬品がこぼれて危ない。
これは、水酸化ナトリウム水溶液という危険な薬品だ。
衣服や皮膚につくと、溶かしてしまうのだ。
私は思わず注意をする。
「内田さん、危ないよー」
「うるさい、このメス豚」
私に注意されたのが気に食わなかった内田さんは、机を思いっきり蹴飛ばす。
その勢いで机の上の水酸化ナトリウム水溶液の入った容器が倒れた。
「きゃあああああああ」
私は避けようとするも椅子ごとのけぞり倒れて、スカートに液体が沁み込んでいく。
「葵さん、早くスカートを脱いで」
それを真横で見ていた伊藤さんが血相を変えて、私のスカートの金具を外しにかかる。
〇△□※※×〇※
それは、ダメぇえぇえええ。
私は伊藤さんの手を上から抑える。
私のその反応を見て察してくれた。
「真理子、あゆみ、静香 こっちに来て葵さんの姿見えないようにガードして」
伊藤さんの呼びかけにすぐさま三人集まり、私を囲った。
男子たちから見えないように。
伊藤さんは私のスカートを脱がせ、水で洗い流す。
先生も何が起こったのかわからないという感じで、動揺していた。
先生としての対応が遅い。
「葵さん、ごめん。こんなはずじゃ......」
内田さんは先ほどとは真逆で弱弱しい。
画鋲を仕込んだり、教科書を切り取ったりするような子だと思えないほど弱く感じた。
「いいよ、もういいよ」
内田さんはそれでも気にしてるようだ。
「これ、使って」
この事故を見ていた運動部の女子の一人が気を利かせて体操服を持ってきてくれた。
「ありがとう」
私は受け取った体操服のズボンを履いた。
「ありがとう」
そして、パンツを晒さなくていいように囲ってくれた三人にお礼を言った。
幸い皮膚には付着してなかったようで、直接怪我をすることがなかった。
「伊藤さん、ありがとう」
「本当に大丈夫?」
「うん、伊藤さんがいてくれたから.....」
私の無事を確認した先生が、タイミングを見計らって、私と内田さんを般若のような形相で怒鳴りける。
「葵。内田。あれほど危険だから注意しろといったよな」
先生は出席簿を床に叩きつけ、怒鳴り散らす。
その姿は全く関係のない伊藤さんの顔が強張るくらい迫力があった。
内田さんはエッグエッグと泣いている。
「ご、ごめんなざいいいい」
あれだけ強気な態度を取っていたのに、先生に怒鳴られて泣いている。
内田さんは、自分より弱い者には強気に出れるけど、自分よりも強い者には萎縮してしまうタイプだったのか。
いや、内田さんに限らず、それが人間の本質なのかもしれないけど。
目の前で息が詰まる勢いで泣いている内田さん。
泣きたいのは私だよ。
悪いのは完全に内田さんなのに。
私はそのとばっちりを受けてるだけじゃない。
先生の怒声は指数関数のような勢いで膨れ上がる。
雰囲気だけで全然何言ってるのかわからない。
怒りという感情だけの生物になり果てた。
動物園にいる気分になった。
多分、私は今、ケロッとしている。
伊藤さんも私の無実を証言してくれようとしたが、私がその必要ないと首を振って合図をした。
100%内田さんのせいだとしても、今は泣くだけの生物となり果ててしまった内田さんのせいにするのがやるせなくなった。
どうしてこうなったんだっけ?
それもこれも内田さんのせい。
けど、100%彼女のせいと言ってしまうと、心の奥底にやましい気持ちが出てくる。
それは、一体どうしてなんだろうか。
考え方を変えてみる。
どうして彼女は私に対して悪戯をしたのか。
それはみーくんがいるから? まーくんがいるから?
それだと、みーくんやまーくんが悪いの?
違う。
根本的なところが違う。
私がいなければ、内田さんはきっとこんなことをしてなかっただろう。
私とみーくんとまーくんの関係が曖昧なままになっていたせいだ。
内田さんはきっとみーくんが好きなんだ。
伊藤さんはきっとまーくんが好きなんだ。
だから、私のことが許せなかった。
恋人同士でもない関係で、ずっとみーくんやまーくんに深入りしている私が許せなかった。
おそらく、そういうことだろう。
私は、そのことに今気づいた。
私が悩んでいる問題は、私自身、みーくんやまーくんだけの問題ではなかった。
みーくんやまーくんのことが好きな周りの女の子にとっても、重要な問題だった。
私がみーくんに本当の気持ちを伝えていないのが悪いのかもしれない。
私がみーくんに告白して関係をはっきりさせていれば、伊藤さんも内田さんも私に対して何も言わなかったかもしれない。
私と内田さんと伊藤さん。
おそらく他にもみーくんやまーくんを狙う女の子がいるだろう。
その子たちと決着をつける、一手が頭に浮かぶ。
最初からそうするべきだったんだ。
私が結果を恐れて逃げ続けたせいで、こうなったんだ。
なんだ、すると、この結果は自分の招いたことだったんじゃないか。
私は内田さんの頭を撫でる。
「ごめんね」
内田さんは私が何を言ったのか理解できず、ぽかーんとしている。
そして、動物園のゴリラのように怒り狂う先生に向かって言った。
「内田さんは関係ありません。これは私がドジったせいなんです」

