「今日はありがとう」
お互いの家の前まで帰ってきた。
今日はカレーパフェが食べられて幸せだったよ。
「また誘ったらデートしてくれるかな?」
「うん、お出かけしようね」
私はそう言うと、玄関をくぐって、部屋に直行する。
カバンを投げ捨てて、ベッドにダイブする。
もし私に弟や妹がいたら、今日みたいな日が毎日続くんだろうなぁ~。
今日はいい日だった。
......。
でも、なんか大切なこと忘れてる気がする。
......。
あっ、そうだ。体育の着替えの時に、嫌な事を言われたんだった。
忘れてたことを思い出し、ドッと身も心も重くなる。
思えば放課後からまーくんと一緒だったんだった。
まーくんのペースに乗ってすっかり忘れてたけど、絶対に女子たちに見られたよね。
何も言われなきゃいいんだけど。
とりあえず宿題しなきゃ。
楽しいことのあとで気が乗らないけど。
私はノートを広げて、英文を書き写す。
その横に高校入学前に購入させられた電子辞書でわからない単語を調べて対訳を書く。
「ウサギはアリスの目の前を横切りました......と」
ポキッ。カチカチカチカチ。ポロリ。
宿題をするリズムに乗り始めた頃に限ってシャーペンが芯がなくなる。
私は筆箱からシャー芯ケースを取り出して、傾ける。
......。
シャカシャカしても、シャー芯がでてこない。
「うそ、もうなくなっちゃった?」
傾けて穴の中を覗き込んでみる。
中はもぬけの殻だった。
と思ってたら目にグサァー。
いったーい。失明。
なんてことにもならなかった。
どうして数日前の私はシャー芯を早めに補充しとかなかったんだろう。
ああ、もう。
私の役立たず。
仕方がない。
コンビニまで買いに行こうかな。
私は軽く羽織をして、家を飛び出した。
玄関を抜けると、手前の岸野家の標識が目に入る。
みーくんらちゃんとご飯を食べたかな
......。
流石に食べてるよね。
私はコンビニへの道を歩き出す。
数分後、コンビニでシャー芯とポテトチップスをかごに入れ、並んでいた。
シャー芯だけを買いに来たのに、買うつもりのない物も別の商品も衝動買いしてしまうんだよね。
質素なビニールの財布を揺らすとチャリンチャリンと聞こえる。
うーん......。
肉まんが食べたい。
でもお金勿体ないよね......。
財布を振る。チャリンチャリン。
うーん、明日の朝に飲むコーヒーを我慢すれば食べられるね。
......。
いや、だめだ、それでいつも余計にお金を使っちゃうんだ。
「お客様、416円になります」
私は財布から500円玉を取り出す。
その時に100円玉も余計に触ってしまう。
「あの、肉まんひとつお願いします」
私は予定以上のお金をコンビニで落とした後、負けた気分で逃げるように飛び出した。
すると、入れ替わりで入ろうとするみーくんと出くわした。
「みーくん、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「夕飯買いに来た」
「そーなんだ。待ってるよ。一緒に帰ろー」
私がそう言うと、みーくんはコンビニでお弁当2つ手に取りレジを抜けた。
私は自分の買い物袋に入った肉まんとポテトチップスの風袋を見つめる。
欲に負けないなんて、すごいなぁ。
みーくんは出てくると帰路を立ち止まることなく帰路を向かう。
私はそこに付いていくように横に並ぶ。
こういうときは私が話題を振らないと、会話することなく家に着いてしまう。
しかし、今日は珍しくみーくんから口を開く。
「今日はずいぶんお楽しみだったようだな」
お楽しみ?
ああ、まーくんと出かけたことかな。
「うん、楽しかった」
「そりゃよかったな」
みーくんから話題を振ってきたのに、そっけない答え。
「次はみーくんも一緒に行こうよ」
「そんな暇ねえよ」
「えーどーして」
「どうしてもだ」
速攻で断られて、ショックだ。
幼馴染で一緒に行動したら楽しいと思うんだけどなぁ。
本当は、みーくんと一緒にいたいだけだけど。
すると、みーくんは呆れる様子でため息を吐く。
「お前は磨雄が好きじゃないのか?」
また言った。
「この前も言ったよね、それ」
「俺は葵と磨雄はお似合いだと思うがな」
「どうしてみーくんは私とまーくんをくっつけたがるの?」
私はみーくんに疑問に思ったことを聞いた。
「磨雄はお前のことよく知ってるし、お前は磨雄のことをよく知っているからだ。頼りないもん同士、協力し合えばいい」
えっ、なにそれ、酷いよ。
確かにみーくんからみたら頼りなく見えるかもしれないけど、そんな言い方しなくていいじゃない。
それに、私の気持ちはどうなるの。
まーくんの気持ちはどうなるの。
「どうしてそんなこというの。私とまーくんの気持ちは考えてるの?」
私は強い口調でぶつけた。
みーくんは私が怒ってることを気づいた上で、とまらない。
「磨雄はまんざらでもないようだがな」
何を言ってるの?
まーくんが私のこと好きって言ってるようにしか聞こえない。
そんなはずないでしょ。
それにもし万一そうだとしても、それをみーくんが私に言う権利なんてない。
それにそれに、みーくんは私の気持ちは考えてくれてない。
「私は......私とみーくんがお似合いっていうのは考えなかったの?」
「なんだと」
私がそう言うと、みーくんの表情が一気に強張った。
みーくんは鳥を落とせるような鋭く冷たい目つきで、私の胸倉をつかむ。
そこまで強く掴まれてるわけじゃない。
なのに私は息のリズムが乱れ、まともに吸うことができない。
手が震え、歯が鳴る。
怖い......
「ふざけるな。冗談でもそんなこと言うんじゃねえよ」
「ご、ごめんなさい」
私は解放される。
私悪いこと言っただろうか。
なのに、この仕打ち。
ごめんなさいと言う自分の言葉が反芻される。
悲しみ。悔しさ。裏切り。
そんな感情が水分になって私の頬を渡った。
舌打ちが響く。
みーくんは吐き捨てるようにつぶやく。
「俺は将来誰とも付き合うつもりはねえよ。そんな権利はない」
どうして、そんな悲しいことを言うんだろう。
いや、この胸に穴が空く気持ちは......。
......。
そっか、悲しいのは私だけなんだね。
「それって、どういうこと」
しかし、みーくんはその理由に答えることはない。
「磨雄はいいぞ。あいつは適当で薄っぺらいがやるときはやる。双子だし強さも俺と変わらない。俺が保証してやる」
私は何も言えなかった。
「だからもしアイツがお前に告白したら付き合ってやってやれ」
どうして、そんなことみーくんに言われなきゃいけないんだろう。
私には恋人を選ぶ権利がないというの。
「どうして、そんなことみーくんに決められなくちゃならないの」
そうみーくんにぶつけると、みーくんは鼻で笑った。
「お前、10年前に磨雄にキスしてるだろ」
私はどうして言い返せばいいのかわからなくなった。
「......っ、どうして」
みーくんはどうしてそれを知ってるのか答えない。
「デートごっこかしらんがもて遊んでねえで、責任取ってやれよ」
パチン。
私は無意識にみーくんの頬を平手で叩いていた。
みーくんは痛いとも言わず、ただ無反応。
私は一度も振り返ることなく、走り去った。
みーくんなんて見たくない。
視界が歪む中、夜の住宅街を全力で駆ける。
その間に、好きという感情が居場所を失ったことを知った。

