最近では待つことには慣れた。
だってゴールデンウィークだって、ずっと私は駅で待ってた。
西高の授業が終わるまで、造作もないこと。

もしかしたら良くんに会えるかもしれない。
そう思えば、いくらでも待てる気がする。
──西高の生徒には、逆らうな。
そう教えられたその掟も、今となっては無意味。だって私は西高の生徒が好きなのだから。


きっと西高の生徒はみな、私の存在を知ってる。


だから私がこうして校門で待っているのも、みんなが知ってるんだろう。〝あいつは高島を待っている〟と。


趣味が悪い女だと思われてるんだろうか?
裕太から乗り換えた女だと。
なんで高島?って。


穂高も、同じような事を思っているのかもしれない。でも、だからこそ、その人の顔を見ればどうでも良くなる…。

ほんとに好きな人だから。

ほんとに好きな人だからこそ、こうして待つことが出来る。



良くんに付きまとっている私は、ただ、良くんに好かれたいだけなのだから。


そんな良くんが現れたのは、私が待ってから10分も経っていなかった。まだ授業が終わるチャイムも鳴っていない。制服のカッターシャツではなく、黒い半袖と制服のズボンを着ている良くんは、抜け出してわざわざ来てくれたらしい。

数日ぶりの良くん…。



「…待つなって言っただろ」


そう言った良くんの声は低く。


「電話に出なかったのは良くんだもん…」


私の言葉に、あからさまに大きくため息をついた良くんに、「気づくの早かったね」と言えば、「裕太が言いに来た」と、私の方を見ずにどこかへ歩き出すから、私もその後をおった。


私がここで待っている事を、裕太が良くんに伝えてくれたらしい。



良くんは歩く。

私の方は見ずに。


西高近くの、小さな公園のベンチに腰掛けた良くんは、「座れよ」と、やっぱり私に目を向けず。



良くんの、横に座る。

1人分あいた距離。

良くんがいる右側が、すごくドキドキして。



良くんの顔を見れず、良くんの足元を見ていた。


私は良くんの顔を見たくてここに来たはずなのに…──。


「……お前はどうしたいんだ?」


そうやって聞いてくる良くんの声は低い。


「俺と付き合ってどうしたい?」


良くんと付き合って…?


「前に言ったけど、俺はこの立ち立場を変えるつもりは無いし」


チーム内での、嫌われ役…。


「お前がいても、喧嘩はする」

「…うん」


チームを守るために。


「…お前が嫌な思いするだけだ」

「…しないよ、私は良くんのそばにいれればそれでいいから」

「…そんな簡単な話じゃないだろ」

「簡単な話だよ」


顔さえ見ることができれば、いいのだから。



「お前は裕太の女だったし」

「…うん」

「考えられねぇって思ったけど」

「……うん」

「…それって違うんだよな…」

「え?」

「俺だって聖と別れればいいのに…って、思ってたからな」


元総長の名前を出した良くんは、深い呟きでそれを言った。

聖…。
聖さん。
聖さんと別れればいい。
それはつまり、良くんの好きな人は──


真希ちゃんのお姉さん…。


聖さんの…と、目を軽く見開いてビックリしていたら、「裕太とは、前に話つけた」と、良くんがいきなりそれを言ってくるから。



私は良くんの顔を見た。


話?
つけた?
何を?


「…俺、正直、まだ…お前のこと…そういう気持ちで見れるわけじゃねぇ」

「…良くん…」

「けど、もうチームの女でもねぇのに…、気になるのは確かなんだよ」

「うん」

「お前の方がずるいわ」

「え?」

「泣きながら好きだって言われたら、殴れもしねぇ」


そう言った良くんは、私の方に目を向ける。


「つかお前、いつの間に穂高と仲良くなってんだよ」

「仲良くなってなんか…」

「…や、いいわ、もう」


ふ、と、軽く息をついた良くんは、そのままじ…っと私を見てきて。



「──お前とは付き合えない」と、


ハッキリとそれを口にした良くんは、私の方に手を伸ばしてきた。背の高い良くんの目は、冷たくはなく。

不機嫌さも感じられず。



「私が危ないから?」

「いや…」


セミロングの髪を、さすった良くん…。


「裕太の元カノだから?」

「そうじゃねぇ…、話つけたって言っただろ」

「聖さんの彼女が好きだから?」

「…ちがう」

「じゃあなに…?」


他に、なんの理由が?

髪を撫でる手をやめた良くんは、そっとその手をベンチの上に置く。


「唯ん時みたいに、お前のこと欲しいって思えない」


欲しい…。
聖さんの、彼女みたいに。


「けど、気になるの事実なんだよ」


気になる…私を、ほんとうに…?


「だから、」


だから?




「俺が好きだって思ったら、そん時はちゃんとお前に言う」


ふわりと、公園の中で風が吹いた。


良くんが私を…好きだと思ったら。
その時は…私に…。
嬉しくて、涙が出そうになって。
目の奥が熱くなるのを感じた。


「良くん、」

「なんだよ」

「気になってるって、ことは、それもう、…ほぼ、好きってことじゃない…?」


諦めが悪い私は、それを言いながら良くんを見た。穏やかで、優しい雰囲気の良くんが私を見てる。

綺麗な黒い髪を揺らしながら。


「……そうなのかもな」

「っ、」


ぎゅ、と、自分の手が拳を作る。


「負けたわ」

「なにが、」

「お前のしつこさに」



──ポロポロと、涙が出てきた。
涙というのは、出ると止まらないらしく。


「りょう、く、ん」

「…なんだよ」

「すき…」

「………ああ」



また良くんの指が伸びてきて、頬に伝うそれを指先で拭う。


「知ってる」

「良くん…」

「…ん?」


ぎこちない指先に、愛しさが止まらず。


「…もしかして、」


拭った指先から、手のひらに変えた良くんは、頬を包む。



「キス、したの…」

良くんの顔が、近づいてくる。


「私が初めてだったりする?」


頬を染めながら言ったそれに、「…だな」と、落ち着いた声で言った良くんは、ふれるぐらいのキスを私にしてきて。


付き合えないと言った男は、少しだけ離すとまた角度をつけて重ねてくる…。



「じゃあ、」

「あ?」

「元カノ、とか」

「いると思うか?」

「良くん…優しいから…いそう…」

「ねぇわ」


ない…。
付き合ったことも。


「じゃあ、私が初めての彼女…?」

「まだ付き合ってねぇよ」

「うん、」

「……」

「うん…」

「遥」


良くんの手が、私の顔を上に向かせ。名前を呼ばれドキドキする私の心臓が、良くんに聞こえてないか心配になるほどで、


「お前のストーカー…、とんでもねぇわ」


意地悪くそう言った良くんに、抱きしめられる私は、そっとその人の背中に腕を回した。