「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト」

 夜の公園で、二人組がグリコをやっていた。
 公園には、二人のほかに若いカップルがいて、グリコには見向きもせずベンチで酒を飲みながらいちゃついている。
 冬の初めの頃だった。
 スーツ姿のサラリーマンが心から楽しそうにグリコをやる光景は少なからず異様だったが、カップルは自分たちの世界から出てきそうになかったし、見たとしてもそうですか、としか思わなかっただろう。

「次こそ勝つ! じゃーんけーんぽん!」
「また俺の勝ちだ! グ、リ、コ」
「うわー、ヨッちゃん強いなあ」
「タケが弱いんだろ」
「うふふ」
「あはは」

 二人はいたって楽しげに遊んでいるように見えたが、実は内心ボロボロだった。ヨッちゃんが同じ会社のビルの屋上で靴を揃えて遺書を置いたところに、ちょうど靴を脱いだばかりのタケが声を掛けたのだった。お互い別の部署で膨大な仕事を抱え込み、同じメンタルクリニックに通っていることがわかって、そこの先生が面白いという話で久しぶりに少し笑った。公園でグリコを始めるに至った経緯は、彼らにもよく分かっていない。

「俺、じゃんけんすら弱いしもう生きてても仕方ない気がするな」
「そうか、じゃんけんが強いだけのやつが生きてても仕方ない気がしてきたよ」
「仕事やめないの?」
「行くあてもないのにどうやってやめたらいいかよくわかんなくなっちゃったからな。タケは?」
「うん、俺は働いても働かなくてもお荷物だから、もう普通に生きてる人の邪魔したくないんだ」
「その気持ちわかるよ」
「こんな気持ちわからなくていいよ」

 次のじゃんけんもヨッちゃんが勝って、公園の広場の端までたどり着いた。
 カップルはベンチで酒臭そうなキスをし始めた。

「ゴール決めてなかったな」
「でももう端っこだよね」

 タケは寂しそうに言った、その時だった。
 真っ暗な空の一部に罅が入って、眩い光がスポットライトのように降りてくる。
 ヨッちゃんとタケはあまりの光の強さに、毎日モニターばかり見ていて眼精疲労を起こしている目を細めた。公園は昼間のように明るくなったが、カップルはお互いに夢中でそのことに気がついていない。
 光の中に階段があった。空まで続く長い階段だ。

「なあタケ、これ、なんだろう」

 わかるわけもないのに、ヨッちゃんが訊いた。案の定、タケは「わからない」と答えた。

「でも、これでグリコ続けられるね」
「そうか。そうだな。続き、やろうか」

 二人のグリコは続いた。ヨッちゃんが勝って、タケも時々勝った。二人は段々空に近づいて行った。カップルはキスをしたまま浮かび始めたが、お互いに夢中でそのことに気がつかなかった。

 やがてヨッちゃんとタケは、光の階段の一番上にたどり着いた。カップルも、キスをしたままたどり着いた。

 空の罅は、他の誰にも知られることなくひっそりと閉じて行った。

 公園に朝が来ていた。