精密検査の結果が異常なしと出て、十日後に包帯が取れてすぐ、孝は退院することができた。
孝が家に戻った翌日、紗綾は彼に会いに行った。いくつもの紙袋を両手に下げて。
初めてこのマンションへ来たのは四月の終わり。……あれから、半年と少し。その間に、あの頃には想像もしなかったことが、続けざまに起こった。
出迎えてくれた孝はもうだいぶ元気そうで、その点は安心した。けれど、お互いにあまり顔を見ていられず、話しながらでもつい目をそらしてしまう。
きっと、紗綾自身と同じように孝も、ひどく複雑な気持ちでいるに違いなかった。
昨日までの日々は、ひいき目に見ても大変だったのだ──状況そのものも、精神的にも。
あの日から二日後、もう一方の当事者である学生たちを警察は探し出した。彼ら、つまり久御坂を含む三人は当初は否定していたが、目撃者の中に彼らを直接知る学生がいたため、ほどなく認めざるを得なくなった。
争いの原因について、どう話したのかまでは知らされていない。ただその中に、紗綾の名前が出たことは確かだった。さらに数日後、紗綾のところにまで警察が事情を聞きに来た時にそう言われたから。
直前に孝の病室に行ってきた、というその警察官は、こちらの気持ちをほぐそうと思ったのだろう、孝が順調に回復している様子を話して聞かせた。その流れで尋ねたからか、紗綾の質問にもごく普通に答えてくれた。孝が、事情をどう説明したかについて。
曰く、紗綾から交際していた久御坂とのトラブルを相談されて、話をするために自分の判断で会いに行ったが、久御坂の誠意のなさに腹を立てて思わず先に手を出してしまった、その結果だったと。
警察官が聞きたがったのは、トラブルの内容だった。孝はその点や、争いになる前の会話について、具体的なことはほとんど言わなかったという。最初の聴取から繰り返し、相手を訴える気はない、事件が世間に広まらないように対処してほしいと頼んできたところから、隠しておきたい、もしくは話さずにいたい事情があるのだと判断した。
できれば、もう少し具体的な話を紗綾の口から聞かせてもらいたいと、警察官は答えの最後に付け加えた。
つまり孝は、紗綾が「ゲーム」の対象にされたことは言わなかったのだ。それがなぜなのかは考えるまでもない。
だから紗綾は、用心して準備していた「事情」を相手に話した。久御坂にふたまたをかけられ、最終的には別の女と付き合うということで一方的に別れを告げられた。その際一言の謝罪もなかったので、孝に悔しさと辛い気持ちをぶちまけた。それで孝はきっと、久御坂を説得して紗綾に謝らせようと思ったのだろうと。
警察相手に話すのだからと、何回も口に出して練習した。その成果か、始終目を伏せたままでわざとぽつぽつと話した内容を、警察官が疑う様子はなかった──少なくとも表面上は。



