月のひかり


 ──全部、わたしのせいだ。
 そうとしか考えられなくて、もう、涙を止める術はなかった。閉じたまぶたを押さえる気力もなく、あふれてくるままに涙を流し続ける。
 何分ぐらいそうしていたかはわからない。とにかく、声になるのをひたすらこらえて嗚咽を繰り返していた喉が苦しくなってきた頃、ベッドの方から何か聞こえた気がした。
 はっとして耳をすますと、かすかにうめく声と、体を動かそうとしてシーツか布団が擦れる音。
 気のせいじゃない。まだふらつく足でなんとか立ち上がり、祈るような思いで近づくと、孝が頭を押さえて顔をしかめていた。目を覚まして、反射的に体を動かしかけたものの、傷が痛んだために果たせなかったらしい。
 意識が戻った喜びは一瞬で消え、痛みに耐えようと歯を食いしばっている様子に、紗綾は慌てた。
「だいじょうぶ? 看護師さん呼ぶ?」
 声をかけるのと同時に、孝は一瞬痛みを忘れたかのようにこちらを振り仰いだ。顔には驚きが浮かんでいる。
 さーや、と呟くような口調からすると、この場に紗綾がいるのが予想外だったらしい。もっとも、今いる場所が最初からわかっていたかどうかは不明だが。起き上がらずに見回せる範囲を一通り見た後に「ここ、病院?」と尋ねてきた点からしても。
「そうだよ。こうちゃん、頭にケガしたから。覚えてる? 向こうの……」
 その先は、再びこみ上げてきたものに喉をふさがれて、続けることができなかった。必死に、主観的にはかなりの時間をかけて、やっと口にできた言葉は一つだけ。
「──ごめんなさい」
 それしか言えなかった。
 他にも言いたいこと、聞きたいことはいくつもあった。けれど口に出せるのはやはり、今はそれしかなくて、声を詰まらせながら繰り返し言った。
「やっぱり、泣いてる」
 何度目かの「ごめんなさい」の後、それまで黙ってこちらを見つめていた孝が、唐突に言った。確かに、一度は止まった涙がまた流れ落ちていたが、指摘されるまで自分では気づかなかった。
「さーやは絶対、泣くと思ったから……だから、知らせたくなかった」
 どういう意味なのか、その時はわからなかった。ただ、そう言う孝の表情がとても優しいことが、ひどくこたえた。
 なんで、こんなふうに笑ってくれるんだろう──わたしのせいでケガしたのに。
 その顔を見ていることももうできなくて、紗綾はベッドの布団に突っ伏して、声を出さずに泣いた。ほどなくして伸びてきた、頭を撫でる手の大きさを感じながら。