「……まったくもう、なんでこんなことに」
命にかかわるケガではないと言われていても、まだ意識は取り戻していないというから、どうしたって心配なのだろう。ため息まじりの言葉に悲壮な響きはないが、おばさんの泣きそうな表情は変わらない。
おばさんの気持ちはよくわかるし、たぶん紗綾自身の表情も似たようなものだろうと思う。いや、原因が想像できている上にそれに自分が関わっていると知っている分、もっとひどい表情をしているかも知れない。喉の奥からこみ上げてくるものを、紗綾は必死に抑えた。
その気配に気づいたのか、おばさんははっとしたように紗綾を見る。
「大丈夫なのよ、包帯が大げさなだけで中身は異状ないんですって。今日中には意識も戻るはずだって言われたし」
笑いながら明るく言うおばさんは、見るからに、精一杯そうしているという感じだった。半分は自分に言い聞かせるための努力に違いない。
「せっかく来てくれたのにごめんなさいね、入院の準備があるからいったん家に戻るわ。紗綾ちゃんはどうする?」
「……もう少し、ここにいていいですか」
震えないように言うのがやっとだった。我ながらひどい声になっている。
おばさんは少し目を見張った後、口元をわずかにほころばせた。ほんのちょっとだけ、本当に安心したように。
「もちろんよ。お願いね」
そう言っておばさんが病室を出ていき、扉が閉まると、ほぼ完全な静寂が室内を満たす。かすかに扉の向こうから、廊下や他の病室での音が聞こえてくるだけ。
一人になった途端、急に足の力が抜けてきた。床にへたり込む前に、なんとか椅子に座ることに成功する。
あらためて孝を見ると、呼吸こそ穏やかだけれど顔色は良くないし、頭の包帯はやはり痛々しくて、あらためて胸が痛む。
どうして、こんなことになってしまったのか。
確かに紗綾は傷ついたし、屈辱も一生忘れられないと思う。けれど、あんな人自体はもう、どうでもよかったのに。二度と会わずに済ませられれば。
なんとかそう思えるようになったのは、孝が真剣に案じてくれて、話を聞いてくれたからだ。
内心どんな気持ちでいたにせよ、紗綾が感情のままにさらけだしたものを、全部受け止めてくれた。それで充分すぎるほどになぐさめられたから、忘れるのは難しいにしても、あんな人のことを引きずるのはやめようと思えたのだ。
けれど、紗綾自身が思っていた以上に、孝は紗綾のことを考え、久御坂の仕打ちに腹を立てていた。
それがどんな種類の気持ちによるのかは、この際どうでもいい。重要なのは、孝の考えに気づけなくて、そして止めなかった結果が、目の前にあるということ。



