月のひかり


 止まらない問いの反復の隙を狙って、ようやくどこの病院かを聞き出し、友達に残りの講義のノートを頼んでから学外でタクシーを拾い、駆けつけたのである。
 正門から外へ出たが、前の道で事故のあった様子はなかった。守衛の人にも聞いてみたが、何も起きていないという。ならいったい、どこの大学のことなのか。
 直後に思い浮かんだ可能性に、目まいを起こしてタクシーの中で倒れそうになった。まさかと思いたいのと同時に、それしか考えようがなくて愕然とする──「向こうの大学」のことではないのかと。
 執拗に詳しく、どんな付き合いをしていたのか聞きたがった様子を思い出す。あの時、変だなと感じたくせに、どうしてもっと頭が回らなかったのだろう。孝が、久御坂に会おうとする可能性について。
 正直、彼がそこまでするとは思わなかった。基本的に温和な、おとなしい人だから。だが、あの時の孝だったら、そこまで考えていたとしても確かにおかしくはなかった。話が済んで紗綾を家に送り届けるまで、一度も笑わなかったあの時なら。
 それでもやはり、違うと思いたい。今日のケガとあの一件は関係ないと言ってほしい。ケガ自体も、たいしたことはないのだと確かめたい  
 しかしその願いは、願っただけで終わった。
 個室のベッドに横たわる孝の顔には、明らかに血の気がなかった。傍らの椅子に座るおばさんは泣きそうな顔をしている。
 それだけでも充分にショックなのに、追い打ちをかけるように、予想が当たっていたことを知らされた。少し前まで、医者に加えて警察の人がここにいたのだという。
 おばさんが聞かされた話によると、孝は例の市立大学の正門前で、複数の男子学生と争ったのだそうだ。見ていた学生の証言では、初めのうちは話しているだけだったが、その時点から穏やかならぬ雰囲気ではあった。孝は何か頼み事をしていたようで、対して学生はあまり真面目に答えているふうではなく、むしろ逆にからかっているようにも見えた。
 学生の返答を黙って聞いていた孝が、一人の腕をいきなり引っ張ろうとした直後から、物理的な争いが始まった。だがすぐに数で勝っていた学生たちが優勢となり、二人がかりで突き飛ばされた孝は大学の塀に倒れかかった。その際、運悪く頭を打ってしまったらしい。
 幸い命に別状はないが、こすったような傷も含めると、ケガの範囲は狭くはない。塀にぶつかった際に結構大きな音がしたという証言もあるから、検査を含めて最低十日ほどは入院になるだろう、ということだった。
 全くわかっていないのは争いの原因で、話を最初から聞いていた目撃者は現れていないし、当事者の学生は騒ぎになった直後にその場から逃げた。もう一方の当事者である孝はこんな状態で、現時点では誰からも事情を聞きようがない。孝の回復を待つとともに、逃げた学生を探し出すことしか、今は手段がないらしかった。