月のひかり


 背丈はあまり変わらないし、力も同じぐらいである。一対一ならどうなっていたかわからないが、いかんせん今は、数の利が相手側にあった。
 何すんだよおっさん、と他の二人が孝を引きはがしにかかる。
 しばらく前からすでに、正門を通る学生たちの目はかなり集めてしまっていた。今は、不穏な空気を感じた数人が足を止め、それにつられて立ち止まった人々も含め、なりゆきを見守っている。
 もっともそれを気にする余裕があるはずもなく、孝は二人がかりで体を押さえられるのを振りほどこうとした。だが二人相手では分が悪く、あっさりと引きはがされ、離されてしまう。
 それでも、孝はもう一度久御坂に手を伸ばそうとした。もはやなりふり構わなかった。
 必然的にもみ合いになり、はずみで力任せに一人を突き飛ばしてしまったのを境に、三人ともが殺気立った。正面にいた別の一人に腹を蹴り上げられ、痛みで息が詰まる。周囲のどこかで誰かが悲鳴を上げた。
 体勢を立て直せずにいるうちに、脇から腕をつかまれてさらに蹴られた上、体ごと突き倒された。直後に頭に強い衝撃を感じたから、塀かアスファルトにぶつけたのだろう。耳の内側ですさまじい音がして、何も聞こえなくなる。
 しばらくして戻ってきた周囲の音は、なぜかとても遠かった。自分の鼓動の方が大きいぐらいで、それに合わせて頭の右側がずきずきと痛みを訴える。
 相当強く打ったんだなと、変に冷静に考えた。よくは聞こえないけど、ずいぶん多くの人が騒いでいる気配がする。ひょっとして、傍から見てもわかるような重傷なのだろうか。
 だとしたら、もしかして、助からないなんて結果に、至ったりもするだろうか。
 どちらにせよ、さーやが知ったらきっとまた泣くだろうな──そう思ったのを最後に、孝の意識は途切れた。


 初めて来る大きな病院の中を、全力で走りたいのを必死でこらえながら、紗綾は急いだ。受付で聞いた病室は六階。ICUとかではないようだが、それだけではほんの少ししか安心できなかった。
 早く、じかに様子を見たい。
 電話を受けたのは一時間ほど前。ちょうど講義の合間の休み時間だった。隣のおばさん、つまり孝の母親からで、何だろうと首をかしげたのも束の間、孝が大学の前で頭にケガをし、病院に運ばれたという話に、血が足元まで下がる心地を覚えた。
 当然ながら、おばさんもひどくうろたえていた。紗綾が呆然としている間にも『あの子が行くような大学なんてそこしか思いつかないけど事故でもあったのかしら、だいたい今日は仕事じゃなかったのかしら』と、半ば一人言のような問いが電話の向こうで繰り返されていた。病院からの連絡だけでは、経緯がまだわからないらしかった。