「で、あんた何なの、あの女の」
あの女、という言葉自体とその無関心な口調に、血の冷える思いがする。本当に腹が立つとそうなるのだと、孝は初めて実感した。
紗綾の兄だ、と名乗ったのはその方が説明が面倒ではないと思ったからだが、言いながら一瞬、もしかしたら紗綾が家族構成を話していてそれを覚えていたら、という不安もよぎった。聞いていないのか忘れているのか、それに対して久御坂が不審を示すことはなかった。
「君と、紗綾のことは聞いてる。……つまり、君がどういうつもりで付き合ってたのかあの子は知ってて、それで傷ついてるんだ。あの子が、不注意でなかったとは言わないけど、ともかく、謝ってやってもらえないかな」
頭に血がのぼらなかったおかげで、少なくとも表面上は冷静に言うことができた。しかし、
「は? 謝るって誰に」
と答えた、久御坂のきょとんとした表情は本物だった。直感でそれがわかって、愕然とする。
「あんたの妹に? 言っとくけど、こっちは別に無理強いしたわけじゃないですよ。嫌がるのを無理にやる趣味はありませんから。なあ?」
丁寧なのは語尾だけで、口調と表情は完全にこちらをからかうものだ。同意を求められた二人も同様であるところを見ると、「ゲーム」の仲間なのか。
「その時」に特に抵抗しなかったことは、紗綾から確かに聞いている。だが、それは久御坂の思いが真面目なものであると思っていたからであり、だからこそ紗綾も、久御坂を好きになりかけていたはずなのだ。
そんな彼女を、こいつは騙していた。最初から。
「だいたい、あの女の兄さんってほんと?」
その質問にも、顔を近づけられたのにも、孝は反応を返さなかった。相手の不愉快な笑みははっきり見えていたが。何も答えない孝に、久御坂は耳障りな声にさらに笑いを混ぜる。
「兄弟はいないって聞いた気がするけど。もしかしてあんた、あの女狙いなわけ? 心配しなくても、二度と関わんないからさ。まあちょっとは可愛かったけど、あの手の女にいちいち優しくしてやんのって疲れんだよね。反応がめずらしい時もあるけど、たいてい堅すぎて面白くなかったし、バージンだったってだけでたいして良くもなかったし。あの女と付き合うんだったらさ、そのへんのこともきっちり教えてやった方が──何だよ」
唐突に腕をつかんだ孝に、久御坂はわずかな驚きとともに言葉を途切らせる。
「……あやまれ」
絞り出した声は、震えてはいなかったが、異様に低く響いた。後で思い返してそう思ったのだが。
「さーやに謝れ、今すぐ」
引きずってでも紗綾のところへ連れていくつもりで、孝は相手の腕をつかんだ手に力を入れ、引いて歩き出そうとする。当然ながら久御坂は抵抗した。



