月のひかり



 半月後、十月目前のその日、孝は有休を取った。
 正確に言えば、有休が取れるまでに半月かかったのだ。できるだけ早くそうしたかったのだが、一日休んでもどうにか問題ないように仕事を調整するのは簡単ではなかった。
 ただでさえ、営業部の上司は有休申請にいい顔はしない。だから仕事の調整を完璧にした上で、ここ数年は一日も有休消化していない事実を持ち出し、なんとか文句は言わせないことに成功した。
 平日の秋晴れの昼下がり、そこまでして出かけてきたのは大学だった。母校とは駅を挟んだ反対側にある、市立大学。学生時代、サークルでは他大学との交流はほとんどなかったから、実際に来るのは初めてである。
 ……長い時間をかけて泣き止んだ後、たどたどしく紗綾が打ち明けた事情は、孝にとっても衝撃的な内容だった。一度だけ見かけた「彼氏」が、実は紗綾を好きでもなんでもなく、それどころか「ウブそうな女と付き合って何ヶ月で寝られるか」という賭けの材料にしていた、という事実。
 そいつが、夏前に話をしていた「一つ年上の近くの大学の人」と同一人物であるのも聞いた。
 そういう、女の子をいわゆる「ゲーム」の対象にする奴らがいるという話は、現役学生だった頃に小耳に挟んだことがある。だが、幸いにも知り合いにその手の連中はいなかったし、不愉快な話だから、聞いたそばから頭の隅に追いやって、思い出さずにいた。紗綾がまさに、その対象にされていたと聞くまでは。
 いかにも物慣れなかったであろう紗綾が、徐々に心を、そして体をも許していく様子は、相手にとってはさぞかし見物だったに違いない。想像しただけで、体中の血が沸騰するような憤りを感じた。
 その憤りは、自分自身に対しての思いでもある。なぜ、夏前の時点で例の話を思い出さなかったのか……気をつけろと言うなら、そういうタチの悪い連中についても、紗綾に忠告するべきではなかったのか。
 思いが至らなかった、思い出すことのできなかった自分が、ひどく罪深く感じられてならない。年上気取りで偉そうなことを言いながら中途半端な忠告しかできず、結果として、紗綾を守る役には立てなかった。
 あげくに、自分まで弱みにつけ込むような真似をして──紗綾の方から望んだとはいえ、あの時は、やはり突き放して帰すべきだった。激情が去って頭が冷えた後には、たいてい後悔しか残らない。
 たとえお互いにどれだけ慕わしく、愛おしく思ったとしても、幼なじみの一線を越えてはいけなかった。悔やんでも気まずくても、二度と以前の関係と心情には戻れない。