「これで保存しといていいんだろ。真面目なのは評価してやるけど、気分転換のタイミングはいいかげん計れるようになれって。ほら行くぞ」
 ……外へ出ると、空はさすがにもう暗い。しかし飲食店やコンビニなどが立ち並ぶ大通り、そして地下鉄の駅が近いので、百メートルほど歩いただけで会社周辺とは正反対の、明るさと喧噪の中に出る。
 今日は金曜だから、普段以上に歩道を行く人の数が多い。新人歓迎名目の飲み会は、どこの会社でもまだ下火にはならないようだ。
 いくつも行き交う集団の中には、学生らしき私服の連中もいる。二駅離れたところにある、私立大の学生だろう。四年制のその総合大学は孝の母校でもある。
 この時期だと、クラブやサークルの新入生がそろそろ固定、正式入会する頃だったか。だから飲み会はこの辺りでよくやったっけ、と思い出した。少し懐かしい気分になりながら通りすがりに彼らを見ていると、ふと、こちらに向けられる視線を感じた。
 振り向いた先には、有名居酒屋チェーンの店の前にたむろしている、やはり学生らしき集団。その中の女の子の一人と目が合った……ような気がする。
 そう思った直後に向こうから顔ごと目をそらしてしまったから、定かではない。単にたまたま、孝のいる方向に視線が向いていただけかも知れない。
 第一知らない子だったし、と思ってから考えた。……誰かに似ている気がしなくもない。だが漠然とそう思うだけで、誰なのかは浮かんでこない。
 考えているといきなり、横から腕を引かれた。
「おい、どこまで行く気だよ。入るぞ」
 と土居が言う方向には、馴染みの居酒屋。ここはチェーン店ではない個人経営で、昼だけでなく夜にも定食を出していて人気がある。
 今も混んではいたが、幸い二人分の空きはあり、壁際奥の席へ案内される。注文を済ませ、ビールが来るまでの合間に「ところで」と土居が話を切り出した。
「さっき見てた子、知り合いか?」
「は?」
「『は?』って何だよ。店に入るちょっと前に見てたろ、学生っぽい女の子」
「ああ、……いや、別に知り合いじゃないし」
「けど向こうはずっと見てたみたいだったぞ。だから、お前も気づいてたんだと思って」
「ずっと?」
「……なんだよ、気づいてなかったわけ?」
 結構可愛い子だったじゃないか、と土居が付け加えた言葉は、半分聞いていなかった。また、さっき考えていたことに思考が戻っていたからだ。
 土居の思い違いということもあり得るが、もし、見られていたことが気のせいでないなら……誰かに似ていると思ったのも、間違いではないかも知れない。だがあんな年代の知り合いがいただろうか?